2008年05月06日

トラウベについてB

日本に聴診器が入ったのは、1848年、オランダの軍医モーニッケ(Mohnike)が出島で紹介したのが最初だとか。
明治初期には、片耳型の「トラウベ聴診器」が使われたようです。これは、「聴胸器」という名称で紹介されますが、説明の中に産科領域での使用に関する記述は見当たりません(当時のヨーロッパではお腹の上で揺れないように筒の全体が末広がりになった、産科専用の片耳型聴診器=胎児聴診器も開発されていたのです)。
この「トラウベ聴診器」は、診察する際の姿勢が負担になることから、明治も中期以降になると、ゴム管付きの両耳型の聴診器(とは言っても、現在のものとは大分趣きが違いますが・・・)に代わられたといいます。
両耳型の聴診器は、アメリカにおいて発達を遂げたようです。1851年、リアド(Leard)が、ベル型の集音部に、Y字型チューブを接続した聴診器、1894年に、ボウルズ(Bowles)が、感度のすぐれた膜型(ダイアフラム)聴診器を開発し、さらに、1926年には、ベル型・膜型切り替え式の、スプラーグ(Sprague)聴診器が発明されて、今日の聴診器の原型になります。
となると、戦前、産婆の間に、「トラウベ聴診器」(あるいは別種の片耳型聴診器)が普及していた時代が、ほんとうにあったのかどうか。というのも、一方には、両耳型聴診器という選択肢があったわけであり、それに、とくに器具など使わなくても、お腹に耳を押し当てれば、赤ちゃんの心音は聞こえるのですから・・・
ただ、その名称については、おそらく、ドイツ医学が日本に根づく過程で、専らドイツ製の「トラウベ聴診器」が採用された結果、その商品名が通称化するということが起こり、本体が使われなくなった後まで、片耳型聴診器一般を指すものとして定着したということではなかったのでしょうか。
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2008年05月05日

トラウベについてA

「トラウベ」のような、古典的聴診器は、チューブを接続して両の耳で聞く、今日の聴診器と区別して、片耳型聴診器と呼ばれます。その片耳型聴診器の発明の歴史をたどる博物館のサイト、「The Monaural Stethoscope」を覗いてみると・・・
http://www.antiquemed.com/monaural_stethoscope.htm
ここで、もっとも画期的なできごととしてあげられているのが、1816年、フランス人医師、ラエネック(Laennec)による筒型の聴診器(30cm強)の発明です。これは、彼自身、あるいは、他の人々によって、次々に工夫・改良が加えられていきます。
1828年、やはりフランス人医師のピオリー(Piorry)が、集音部がラッパ型になった聴診器(18cm以下)を作り、これにも、30年代を通して、さまざまなバリエーションが生れます。
ドイツ人医師、トラウベ(1818〜1876)の功績は、このラッパ型聴診器の穴を大きく聞こえやすくしたことのようですが、このサイトでは、何人もの改良者の中の一人として、名前があがっているだけ。しかも、彼の聴診器は、産科で、赤ちゃんの心音を聴取すること(つまり、「fetal stethoscope」として使うこと)が考慮されたという形跡がないのです。
むしろ、彼は、医師・医学者として、他の業績で、名を残している人のようです。例えば、ジギタリスの研究、体温計の臨床への導入、肺・心臓・腎臓疾患の診断、打診・聴診等。とりわけ、実験病理学における研究で知られると記されています。
それに、単純計算してみると、ピオリーが最初のラッパ型聴診器を作ったとき、トラウベはほんの10歳の子どもだったのです。しかも、残っている彼の聴診器が1875,6年頃のものであるところを見ると、この改良に取り組んだのは晩年のことのようで・・・
つまり、いわゆる「トラウベ」を最初に作ったのは、どうも、トラウベ自身ではなさそうだということです。
ラベル:児心音 トラウベ
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2008年05月04日

トラウベについて@

今回は、日頃、疑問を感じていた事柄の中から、「トラウベ」を取り上げることにしました。
トラウベというのは、お腹の赤ちゃんの心音を聴く、ラッパのような形をした器具のこと。産婆・助産婦・助産師を結ぶ象徴のように言われますが、開業助産師の間でも、ドプラーが使われるようになった今日、ご覧になったことのない方のほうが多いかもしれませんね。
さて、このトラウベに対する私の認識が変ったのは、ずっと以前に、アメリカの西部開拓時代の映画の中で、お医者さんが、往診かばんから、これを取り出すのを見て以来のことです。つまり、このトラウベは、赤ちゃんの心音の聴取に特化して使われるものではなく、昔の一般的な聴診器だったことに気づいたというわけです。
それでも、なぜ、前時代の遺物のようなものが、つい最近まで、助産師にだけ、あるいは産科の領域でだけ使われていたのかという疑問は残ります。
というのも、私が友人たちのお産を手伝い始めた、1980年代初めの頃には、いわゆるドクター聴診器を使っている助産婦さんも確かにあったからです(どちらがよく聴こえるかという点では、甲乙付けがたく、トラウベでは、お母さんに、赤ちゃんの心音を聴いてもらうことができないからというのが、選ばれた理由だったように思います)。
しかし一方で、私が助産婦学校に入学した1988年には、全員が、このトラウベを購入するというような状況があったのです(少なくとも、90年代終わりまでは、そうだったようです)。
そもそも、トラウベ(traube)というのは、聴診器(stethoscope)と同義のものなのか、あるいは、その古い形態を表したことばなのか。
こうしたことを解明すべく、私は、この機会に、聴診器の歴史を紐解いてみることにしました。
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2008年04月30日

小さなエマニュエル

フランスで出会ったご夫婦。7人の子どもを引き取って育てているのですが、その7番目の子どもは、ダウン症の4歳くらいの男の子で、心臓にも問題をかかえていました。
羊水検査で、そのことを知った実の母親は、中絶を考えて、医者に相談したのだそうです。
その子を引き取った母親が、ふと、こんなことばをもらしました。「エマニュエルが生まれたのが、12月。お母さんは、クリスマスの頃になると、中絶しようとしたこの子のことを思い出して、辛いのじゃないかな・・・」
10以上の部屋がある大きな家で、ときどき鹿が姿を見せるような森が続く、広い芝生の庭で、話すことをしないその子と私は、よくボール遊びをしました。
あるとき、彼が生垣の上に乗ったボールを見て、自分の腰の左右をポンと上向きにたたくしぐさが、私の「仕方がないね!」と肘から先を上げる所作を真似ていることに気づきました。そこでボール遊びがゴールとなるという、彼と私の確認のルールだったわけですね。
彼は、その動作をするために、何度も何度も、ボールを高い生垣の上に上げようとするのです。人はこうやって、自分を真似る子どもをかわいいと感じるようになるのかなと思ったのを覚えています。
人権の国、フランスですが、ダウン症と分った場合の対応には、厳しいものがありました。「事故に見せかけて・・・」と話す助産師もいました。医療訴訟で最も多いのは、羊水検査の結果についての医師の診断ミスとも言われます。
けれども、一方に、こうした子どもを養子にして、何でもないことのように育てている一家があったことは、私に強い印象を残しました。
そういえば、2ヵ月間、この土地を離れて、もどってみると、エマニュエルが、「パパ」と「ママン」を言えるようになっていましたっけ。
ラベル:羊水検査 出産
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2008年04月26日

エニシダとお産

先日、花屋さんの店先で、エニシダの鉢が並べられているのを見て、「ああ、今年もそんな季節になったのか」と、私なりの「本格的な春の訪れ」の確認をしました。
エニシダとは呼ばれていても、シダ類とは何の関係もない植物で、江戸末期に、オランダから伝えられ、オランダ語の「genista」(ほとんど、エニスタに近く発音される)がなまって、こう呼ばれるようになったと理解していましたが、最近では、スペイン経由説もあるようですね。
ところで、子宮を収縮させる硫酸スパルティンが、このエニシダの茎や葉から抽出されることは、ご存知でしょうか。
20年以上前、一般向けの薬草の本に、こうしたことが書かれているのを読んで以来、私にとって、エニシダは、「気になる花」、「お産の花」なのです。西洋では、魔女が空飛ぶときに乗っているのが、エニシダを束ねた箒だというのですから、「魔女の花」とも言えそうですね。
実は、助産院で働いていた頃は、これが、お産の場にふさわしいもののような気がして、陣痛室に鉢を置いたりしていたものです。もちろん、お産を進めるような効果は何もありませんでしたが・・・
医薬品として使うもので、煎じて飲んだりすると、毒性があって危険とされています。
うろ覚えですが、昔、読んだ『メッセゲ氏の薬物療法』という本の中に、皮膚病の子どもに「一掴み、お風呂に入れて使う」例が紹介されていたように思いますが、そのメッセゲ氏にしても、心臓が弱い人、血圧が高い人は禁忌とするなど、とても慎重な使い方をしていたように記憶しています。
やはり、愛でる以上のことは、行なわないほうがいいようですね。
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2008年04月23日

赤ちゃんの沐浴

意外に思われる方もあるかもしれませんが、病院に勤務している助産師も、開業している助産師も、「仕事の中で、一番好きなことは?」と問われたら、例外なく、「赤ちゃんの沐浴」と答えるのではないでしょうか。
病院で働いていた頃の私もそうでした。時間に追われる勤務の中での、ひそやかな楽しみというのでしょうか・・・開業してしまうと、病院のように何人もの赤ちゃんを入れてあげることはできませんが、やっぱり、バスタイムは、つい顔がほころんでしまうひとときです。
フランスで、赤ちゃんを浴槽の端から端までゆっくり移動させていたのを真似て、お湯にゆらゆら浮かせたりするのですが、足をへりに軽くつけると、自分でキックしたりするんですね。そうすると、また反対側へ、スーッと移動させたり・・・
日本では、よく、「5分以内に入れて」と教えられますが、私には、こんな幸福な時間を、急いで終らせてしまうのが、もったいなくって・・・つい、お母さんたちにも、「このくらいのことで、赤ちゃんは風邪なんか引きませんから・・・」とお話してしまったりしていました。
お風呂から上がると、もう一つの楽しみが待っています。最後の仕上げとして、ブラシ(といっても刷毛でしたが・・・)で、髪の毛を整えてあげるのです。赤ちゃんの髪の毛は、とてもやわらかいので、形がつきやすいのですね。
お仲間の看護師さんには、頭のまん中に髪の毛を集めた「ベッカム・ヘア」が好きな方がいましたが、私のお気に入りは、「ホィップクリーム」。これは、一筆書きで、大きくのの字を書くようにブラッシングします。
その他、「炎の人」、「草原の風」、「ウリンボ」、「竜安寺の石庭」・・・一人一人の赤ちゃんに合わせた、何十種類ものヘアスタイルが生れていたと思います。
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2008年02月28日

べべりんぐの活動

それは、出産を間近にひかえた妊婦さんが、たまたま、お友だちからもらわれた、二人分は優にあるベビー服や布オムツを、ひと月後に出産される、もう一人の妊婦さんに分けてあげられたことに始まります。
片や、三人目のお子様で、押入れの中は、子供服やベビー服でいっぱい。片や、初めてのお子様で、ご自分でも、手作りのものを含め、ぼちぼち揃えていこうとされていたときで、必要なものが必要な人のところへ行くことの「気持ちよさ」を、私たちはみんなで味わうことができたと思います。
さて、こうして、それぞれの場所で充分に活用された衣類でしたが、赤ちゃんはじきに成長してしまいますし、そうすると、こうしたものは途端に、邪魔物あつかいされるようになるのが宿命です。
そこで、また、このやり取りをされたお母さんたちが、これらを次から次にお下がりしていくための仕組みを作ろうと、活動を開始されたのです。
「べべりんぐ」の「べべ」は、赤ちゃんの“bebe”であり、着るものを意味する「べべ」であり、それらを通じてつながっていく輪という意味がこめられています。
メーリングリストに登録して、欲しいもの、あげたいもの、それぞれを提示する方法と、地域の寄り合い所「また明日」に棚を置かせていただいているので、そこへ行って、必要なものを持ち帰る方法が用意されています。
今のところ、小平や小金井を中心とした活動ですが、もっと広い地域に広がっていくことを、私たちは願っています。詳しくは、右下のリンク集から、「べべりんぐ管理人のブログ」をご覧ください。
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2008年02月26日

夏みかんの利用法

1920年代の話題がもう少し続くのですが、ここで一息入れるために、ちょっと寄り道を。今回は、夏みかんの皮の利用法についてです。
以前、妊娠性の蕁麻疹で、ステロイドが効かなかった方に、ヨモギの煮出し汁をお風呂に入れて使ってみたことをお話したと思いますが、実はそのとき、ヨモギといっしょに夏みかんの皮も煮出して使いました。
最近、私自身、背中にかゆみがあって、試しに使ってみたところ、何となく効果があるような気がしたのと、入浴剤とマーマレードの材料がいっぺんに作れることを思いついたので、ここにご紹介することにしました。
まず、皮をそのまま煮るのですが、適当なところで、いったん火を止めて、少し冷えるのを待ちます。この段階で、薄切りにすると、皮が柔らかくなっていて、ラクです。
切りおえたら、再び煮るのですが、ほどよいところで、容器に取り出して、こちらは冷えるのを待って、袋に入れて冷凍します。
残りの煮汁は、入浴剤として、風呂に入れるというわけです(ペットボトル等に詰めて、冷蔵庫で、3,4日は保存できると思います)。
冷凍した薄切りの皮は、時間があるとき、マーマレードを作ったり、そのまま、香りづけとして、ホットケーキや焼き菓子、あるいは、くず湯等に入れたり、使い勝手の多いものです。
日本のマーマレードは、苦味がなくて物足りないという方には、この手作りがおすすめです(ペクチンは、種をひとつかみコップなどに入れて、2,3日浸しておくとできますね)。
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2008年01月22日

紙オムツの吸収力

フランスでのお話。私が助手を務めたクリニックでは、夜間は赤ちゃんを預かることになっていましたが、スタッフも時間があれば休むという考え方が徹底していて、いっしょに寝ることになっていました。そこで、どうするのかというと・・・
夜の11時過ぎに、最後のオムツ交換と授乳をします。このとき、ざっと見回して、朝までもちそうにない子のミルクだけ準備しておきます。
そして、私たちも寝に入るのですが、助産師のほうは、お産がない限り、朝まで起きることはありません。助手は、泣きやまない子がいると、けっきょく起きてミルクを作ることになるのですが・・・でも、オムツについては、そのまま放置です。
朝になって、お母さんたちが起床すると、赤ちゃんの沐浴が始まります。このとき、オムツを開けてみると・・・
これでもかというくらいに尿と便とを吸収していて・・・皆さんは、ここまで汚物まみれの紙オムツをご覧になったことがないかもしれませんが、オムツの内側が便だらけで、ぱんぱんに膨らんでいる様子を想像してみてください。
お母さんたちは、これに動ずることもなく、お尻をさっと拭いて、あとはお風呂の中できれいに洗ってしまいます。
私は、驚きを通りこして、あっぱれと思ってしまいました。フランス式合理性というとフランスの方に叱られそうですが、私の紙オムツに対する認識はいっぺんに変ってしまいました。
でも、皆さんは、これを真似しないでくださいね。とくに、オムツかぶれがある場合、尿と便が出会うと悪化させると言われていますし・・・
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2008年01月08日

フランスの助産師A

ポンタルリエは、スイスとの国境から10数kmのところにあります。私は車でこの町に向かったのですが、近づいていくと、そよぐ風に含まれる湿気が肌に心地よく、身も心も「生き返った」ように感じたものでした。
サンピエール医院の婦長さんから手紙が来て、私は、7月に夏の休暇をとるスタッフのかわりに産科助手を務めることになり、6月から研修をさせてもらうということになったのです。
建物の一番上の階(日本でいう4階)の端っこにある屋根裏部屋をあてがわれて、私は、まるで、アルプスの少女ハイジになったような気分・・・
窓からは、目前に、草花が咲き誇る丘が広がっているのが見えて(6月というのは、そんな季節なのです)、サウンド・オブ・ミュージックの世界を彷彿とさせてくれます。
ただ、山が近いということは、カミナリが多いということでもあります。連日、通り雨がきては、そこいらじゅうにバシャバシャ落ちるカミナリに、私は生きた心地がしませんでした。
土地の人は、さすがに慣れているのか、そんな雨の中、歩みを早めようともしないのです(カミナリが鳴り出すと、最初、地下にある食堂に避難していたのですが、壁の上方の窓から、歩行者の脚だけがよく見えました・・・)。
婦長さんに「(院内にある)チャペルの中は安全でしょうか?」と尋ねて、「避雷針があるから院内はどこも大丈夫です」とあきれられたり、「人生にはもっと大事なことがあるでしょう」と諭されたり・・・でも、怖いものは怖い・・・
ある夜、階段を少し下りてうずくまっていたところを、リネンを取りにきた看護師さんに見つかって、とうとう院内のうわさになってしまいました。
ラベル:助産師
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2007年12月25日

助産師の呼び方

フランスでは、遠い昔から、産婆・助産師のことを、サジュ・ファム(sage-femme)と言い習わしてきました。
サジュ(sage)というのは、「かしこい」とか「物知り」とかいう意味で、子どもだったら、「大人しい」とか「聞き分けのいい」ということを意味するようです。
また、ファム(femme)というのは、女性のことですので、合わせると「かしこいおばさん」ほどの意味かなと誰でも思うのですが(フランス人でもそう思うようです)、フランスの開業助産師団体の会長、マダム・オリーブによれば、そうではないのだそうです。
このことばは、そもそも、ファム・サジュ・ファム(femme-sage-femme)の最初のファムが取れたもので、「女性のことを知る女性」という意味であるとのこと。ですから、男性助産師は、オム・サジュ・ファム(homme-sage-femme)と呼ぶのだそうです。
(そういえば、フランスでは、80年代には男性助産師が存在していて、90年代の初めには、病院で横領事件を起こした男性助産師が、テレビニュースになっていました)
この考え方からすると、英語のミドワイフ(midwife)も、<mid=with/wife=woman>ということのようで、本来、「間を取り持つ女性」ではなく、「女性とともにいる(女性)」だったのではないか、というような想像が膨らんでいきます。
ラベル:助産師 産婆
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2007年12月07日

お母さんの匂い

赤ちゃんが、誰も介助者がいないところで産み落とされたとします。
そうすると、その赤ちゃんは、「平均40分」とも「50分以内」とも言われますが、自力でお母さんの胸まで到達するのだそうです。
這っていくのか、転がっていくのか、いずれもその姿を想像しにくいのですが・・・
オダンさんたちの90年代の研究では、理由までは明らかにされていませんでしたが、胸まで行くのですから、乳房から発せられる匂いとの関連で考えるのが無理がないのではないかと、私は思っていました。
先日出席した講習会で、お母さんの胸の上に置いた赤ちゃんが、放っておいても、「60分」で、自ら乳頭を探し当て吸啜するのだという、新しい研究結果が紹介されていました。
乳汁の匂いに引き寄せられての行動という説明がされていましたが、こうなると、やはり鍵になるものは、匂いということですね。
出産直後には、母と子が見つめあい「惚れあう時間」があると言われます。
オキシトシンの作用によるもののようですが、お母さんと赤ちゃんの匂いも、こうしたホルモンの分泌に関わっていそうですね。
ラベル:赤ちゃん
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2007年12月06日

赤ちゃんの匂い

再び、赤ちゃんに関する話題です。
フランスで仰天したことのひとつに、沐浴後の赤ちゃんに、オードトワレを吹きかけていたことがあります。洋服を着せた後、全身に思い切り浴びせかけるのです。
さらに驚いたのは、お母さんがその赤ちゃんを高く抱き上げ、顔を押し当てて、「サ・サン・ボン(いい匂い)」とうっとりした表情でつぶやいていたこと。
香りの国とは言え、生まれたときから、香り漬けになっているとは・・・文化の違いを、これほど痛切に感じたこともありませんでした。
お産のとき感じるのですが、生まれたての赤ちゃんは、自然のままで、とてもいい匂いがします。
羊水の匂いとは明らかに異なるので、おそらく胎脂と呼ばれる、赤ちゃんを保護していたクリーム状のものが溶け出した成分なのではないかと思います。
お産のとき気づかれるお母さんもいらっしゃるようですが、いつの間にか、その匂いが私の手に移って、その香りに包まれて、一日中、幸せな気分で過せることがあります。
助産師の、ひそやかな楽しみと言うことができるでしょうか。
ラベル:赤ちゃん
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2007年12月04日

ヨモギの話(訂正)

11月12日の記事で、線路沿いのヨモギの情報をお伝えしましたが、本日、そこを通りかかったら、生きのよかったヨモギたちはどこへやら。丈の短いヨモギが、わずかばかり残るのみ。
やはり、ヨモギは、寒くなるとすぐ生長しなくなるもののようです。土用というのは、そういう意味でも、一年でもっとも、伸び切るための条件が整っている季節だったのですね。
ということで、モグサづくりは、来年の梅雨明け頃まで、お預けということになります。
紛らわしい情報をお伝えして、申しわけありませんでした。
ラベル:ヨモギ モグサ
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2007年12月02日

赤ちゃんの指と仏像

お産をしばし離れて、生まれたばかりの赤ちゃんの手足についてのお話を少し。
赤ちゃんの特有のしぐさで、私がよく見とれてしまうのが、ふとした折の、指の動きです。「たゆたい」といったらよいのでしょうか、手を妙な具合に半開きにする瞬間があって・・・
10数年前、お産を手伝ったフランス人のジャーナリストから教わったのですが、日本の仏像の手は、赤ちゃんをモデルにしたものだそうです。
言われてみれば、なるほどその通りで、以来、私は、赤ちゃんの手に、広隆寺の弥勒菩薩の手を重ねて見るようになりました。
これは、赤ちゃんを、穢れを知らない存在、つまり仏にいちばん近い存在とする考え方から来ているようですが、私には、そうした概念的なものより先に、仏師が、赤ちゃんの指のかたちに魅せられて、仏像に再現しようとしたと思えてなりません。
何人もの赤ちゃんを見ていても、その度に、ほれぼれするのですから・・・
一方、このように、昔から美しさが意識されていた赤ちゃんの手に対して、現在でもほとんど顧られることのないのが、足の動き。
少なからぬ漫画家やイラストレーターの方が、ご自身の体験をもとに、授乳中の赤ちゃんの姿を描かれていますが、だらっとした足を見ると、いつもがっかりさせられます。
赤ちゃんのおだやかな表情に騙されてしまうのですが、おっぱいを飲んでいるときの足は、実は、力が入っているのですね。飼い犬が食事中、ちょっかいを出して噛まれたという経験がおありの方もあるかと思いますが、あれと同じ・・・
命がけで飲んでいるのだなあと、足を見ながら思うことがときどきあります。
誰かが、この踏ん張っている足を描いてくれないかなと期待しているのですが・・・
ラベル:赤ちゃん
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2007年11月17日

遠い国々のヨモギ

ヨモギやモグサ、お灸に関する話題を終える前に、小さな思い出をひとつ・・・
私は、外国へ行くと、その土地に生えている草が気になります。そして、日本にあるのと同じ草を見つけると、なぜかほっとします。
日本にあり、フィリピンにあり、フランスにもある草、というと何だかお分りですか?それが、ヨモギなんです。それぞれの土地で、気候も植生もまったく異なるのに、ヨモギだけは共通して存在しているのです。おそらく、世界のかなり広い地域に分布しているに違いありません。
フランスでは、春になって雪が解けはじめると、最初に顔をのぞかせるのが、このヨモギでした。うれしくなって、若い大家さんたちに、七草がゆならぬヨモギがゆにしてふるまっていると、そこへ訪ねてきた父親が、10年ほど前に、ヴェトナム人が同じところで同じ草を摘んでいたと教えてくれました。
ヴェトナムは、日本と同様、鍼灸等がさかんな国です。フランスには、ヴェトナム戦争後、大勢の人々が亡命してきているので、パリに出ると、ハリやお灸の道具をかんたんに買うことができるのです。
私も10年後に、フランスの人々にそんな風に記憶されているのかもしれないと、アジアの鍼灸文化圏に属する者としての感慨にふけったのを思い出します。
ラベル:ヨモギ
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2007年11月13日

家庭で作るモグサ

ヨモギは、全草を摘み取るのではなく、軸から葉をこそげ取るようにすると無駄がありません。部屋の中でも、ベランダでも、お天気によりますが、ザルに入れて何週間か放っておけば、乾くはずです。
用意するもの:乾燥したヨモギの葉、ミキサー、金ザル、新聞紙
@片手に載るくらいのヨモギをミキサーにかけて、20秒ほど回す。
A新聞紙を敷き、ミキサーのヨモギを金ザルに移して、とんとんたたくと、ヨモギの葉の表面の緑の部分が、粉になって下に落ちる。金ザルには、まだ緑の部分を残したベージュ色のかたまりが残る。
B何度かミキサーにかけては、金ザルに入れて、緑の粉を落とす作業を繰り返すと、ふんわりしたモグサが出来上がる。
所要時間は、正味5分、片付けまで入れて、15分ぐらいでしょうか。
千年灸は便利であるが、高いのがちょっと・・・という方に、ぜひ試していただきたいです。
点灸が難しければ、ショウガやニンニクの薄切りの上に小さく丸めたものを乗せて使うと、ちょうど千年灸と同じ使い勝手になります。
落ちた緑色の粉は、コーヒー用フィルターを通せば、健康茶として飲用できます(とくにおいしいものではありませんが・・・)。
あるいは入浴剤として使う方法もあります。鍋で煮出して、上澄みを入れるのが簡単です。
妊娠性の蕁麻疹で、ステロイドが効かなかった方で、これを用いて、症状がやや緩和したという例がありました。
ラベル:ヨモギ モグサ
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2007年11月12日

ヨモギ・モグサ・灸

最近、線路沿いの道を歩いていたら、道端のヨモギが丈を伸ばしているのに気づきました。そこで、来年の梅雨明け頃にでも・・・と思っていた、モグサの作り方を、ここでご紹介することにしました。
若い方の中には、お灸に使うモグサが、ヨモギから作られることをご存知ない方もあるようですが、あの草もちに使われるのがヨモギで(もう少し育った葉を使いますが・・・)、その葉の裏の白い毛の部分を集めたものがモグサなのです。
昔は、乾燥させたものを、石臼で細かくし、とうみで不用な部分を飛ばして作られていたようですが、これが、家庭にある器具を使って簡単に作ることができるのです。
しかも、こうして作られたもののほうが、ボソボソしてなくて、撚りやすくなっています。また、葉の緑の部分をほぼ完全に取り除くことができるので、中国製の棒灸のように、部屋じゅうに煙の臭いがこもるというようなこともありません。
一般には、土用の頃のものがよいとされます。これは、丈が伸びて、葉が硬く大きくなって、効率よくモグサが作られるためだと思われます。また、梅雨の後で、ヨモギの乾燥にも都合がよいのだと思います。
少しのヨモギからでも、意外にたくさんのモグサがとれますので、機会があったら、摘んでおかれることをお勧めします。
では、前置きはこのくらいにして、作り方に行きましょう。
ラベル: モグサ ヨモギ
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