2016年03月04日

猪間驥一と国際連盟の関係

 猪間驥一は、国際連盟事務局東京支局の諮問機関、国際連盟経済調査委員会の7人のメンバーの一人だったんですね。
 この3月で研究にひとまず区切りをつけて、日本外交とくに戦前の外交を勉強したいと思っています。そこで例によって、近代デジタルライブラリーを「国際連盟」で検索して眺めていたら、驚いたことに猪間驥一の文字が目に飛び込んできました。
 「国際連盟経済叢書」刊行の辞
 国際的依存性は年と共に一層緊密を加え、如何なる国と雖も、他の国との協力なしにその生活を営むことは益々困難となって来た。殊に経済関係に於てその甚しきを見る。
 国際連盟が世界の経済界に対し過去十二年の間に為した偉大なる寄与はこの方面に於ける国際的依存性の発達を如実に示すものである。
 各国の経済事情乃至その国際関係については今日夥しい数の資料が発表され、又されつつある。而もこの方面に於ける国際連盟の調査書類および統計資料に至っては、広汎、正確、公平なる点に於て決して他の追随を許さず、その権威は今や世界的に認められて来た。日本は連盟の書類を購入することに於て米英に次ぐ地位に在るが、その約八割が経済関係の書類によって占められている事実は、日本に於て連盟の調書が信頼すべき資料として広く用いられていることを証するものではなかろうか。惟うに、若し連盟の刊行物が日本文としても発表されていたならば、更に一層大なる貢献を日本の経済界に与え得たであろう。
 国際連盟事務局東京支局は、ジュネーヴ連盟事務局の日本に於ける出張所として、国際連盟に関する情報の普及に努めているのであるが、連盟の、殊に経済に関する調査及び統計の貴重なる資料が未だ充分に利用されずに残されてあることを遺憾とし、而してその原因の一が原書の外国文たることに在るを知り、夙に主要なる調書の翻訳及び紹介を行っていたが、恰も本年四月国際連盟経済財政部長サー・アーサー・ソルターの来朝あり、同氏の熱心なる賛同の下に「国際連盟経済調査委員会」なるものを、連盟事務局東京支局の諮問機関として設置し、一は連盟の調査及び統計の翻訳紹介に当り、一は連盟本部に対する日本の経済情報の提供に努めることを申合せた。委員会は左の諸氏を中心として組織された。(ABC順)
 荒木光太郎(東京帝国大学教授) 青木節一(国際連盟事務局東京支局主任)
 猪間驥一(東京市政調査会研究員) 猪谷善一(東京商科大学教授) 
 木村孫八郎(『エコノミスト』編集次長) 高木友三郎(法政大学教授) 
 幹事 徳田六郎(国際連盟事務局東京支局長)
 「国際連盟経済叢書」の刊行は国際連盟本部の承認により、財団法人金融研究会の援助の下に、委員会最初の事業として着手されたのであって、各委員は自ら翻訳に当り、連盟事務局東京支局その刊行を為すものである。この計画によって連盟の経済事業及びその結果が日本に普く理解され、延いて国際平和と協力の促進に対し幾何かの寄与を為すことを得ば、吾々望外の幸である。
 昭和六年九月                             国際連盟事務局東京支局
【国際聯盟経済叢書】
第1冊『英米独仏における金移動問題:国際聯盟全委員会に提出せられたる四論文』(1931.10)
第2冊『世界農業恐慌:附・国際農業抵当銀行』(1931.10)
第3冊『世界経済不況の過程並びに様相』(1932.1)
第4冊『手形法国際統一と我商法の改正:改正手形法案の解説』(1932.6)
第6冊『国際聯盟金委員会最終報告書』(1932.10)
第7冊『世界経済概観:1931年至1932年』(1933.8)
第8冊『最近世界貿易概観』(1935.2)
 第8冊だけは刊行の辞がないのでわからないのですが、第7冊まで、つまり1931年9月から1933年8月までは、猪間が、経済叢書の編集に関わっていることがわかります。

posted by wada at 16:42 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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