2015年11月20日

『経友』から新たな事実4

 猪間の「糸井先生の思出」にある『経友』は、どのような誌面に仕上がっていたのか、今回はそのことについて書きます。
 「『経友』の雑誌委員として、先生と私はいつも一所だった」のは、第2号の編集のときですね。
 誰も書いてくれない原稿を、「あっちこっち友達に頭を下げて頼み回り、河津先生には、論文と雑録と二つもお願いした」のに足りず、「自分も二つ三つ書いた」のに、「どうしても頁が足りない」。そこで、「糸井先生、よし俺が引受けてやろうと云って、たった一晩の中に、ポアンカレの「空間の相対性」と云う難しい20頁からの論文を翻訳して来て下さった」のです。
 これを一つ一つ確認していきます。なお、このときの経友会雑誌部の委員は、教師2人(河津暹・糸井靖之)、学生6人(3年生:稲垣善次郎・向坂逸郎、2年生:田中省三郎・猪間、1年生:野村恵一郎・景山準吉)。
 論文を寄稿してくれた先生は、山崎覚次郎(アダムスミス遺愛の書)、河津暹(経済学研究資料としての新聞記事)。河津先生は委員でもあったのですから当然といえば当然です。時友文之助(英国経済史上に於けるノルマン征服の影響)は猪間と同期生。田中三吉(講義に抗議)は、よくわからない人物ですが、15年前、ウェブ夫妻が来日したときの話など書いているので猪間でないことは確かですね。
 そして、糸井が「無名氏」というペンネーム(これは、猪間がつけたものかもしれませんね)で訳出したのが、ポアンカレの「空間の相対性」(もし糸井について調べておられる方がおられれば、彼の残した貴重な「もう1編」です)。
 となると、猪間が書いたのは何かという話になるのですが、可能性として残っているのが、「一路生」というペンネームで書かれた「おみよの死」という短編小説、猪間は文芸作品まで書いていたということです。歯切れのいい会話文と、「そうして世の中は馬鹿景気で物価がむやみとあがり貨幣の購買力はずんずん減って了った。貯金の利子も下がるばかりである」というようなくだりに、猪間らしさがあるといえばあるのですが……。1月8日に擱筆しているので、かなり早くから準備していたことになります。この後に、ゴーリキーの翻訳が続きますが、これも猪間ではありませんね。
 もう一つ、「茶目吉」というペンネームで、ほんの数行ですが、「口癖しらべ」という記事も書いていて、先生方をからかっているのが面白いので、機会があったら載せます。
 猪間は、最後に次のような編集後記とおぼしきものをつづっています。
 漸く校正を了えました。もう出来上って来るのを待つばかり。任を果したのを衷心喜ぶと共に、また一種の満足の哀愁を感ぜずにはいられません。
 ただ、我等委員鈍根にして十分に諸君の意に副い得なかったのは申訳ありません。来年度には希くは更に有能なる委員を迎えて本誌の発展を見たいものです。
 終りに諸先生及学友諸兄の健康を祈ります。さようなら。
 ――委員の一人――
 これを書いた後、糸井が食事を奢って、いろんな話をして慰労してくれたのですね。

 第3号の編集のとき、糸井はすでに留学に出発しているのですが、ここに一編、興味深い翻訳が掲載されています。「アダムスミスからスタンレイジェボンスまで」というのがそれで、「隘徑生」のペンネームで書かれています。
 「演習の報告の為文献を渉猟中1892年のシュモラー年報の中にヴェー、ポエーメルトの「ウィリアム、スタンレイ、ジェボンスと其の英国経済学上に於ける地位」と云う論文に出会し」、その第1章を訳述したものですが、「演習報告」というところで、河合栄治郎のゼミで、猪間の研究題目が、「スタンレイ、ジェボンスに就て」であったことも確認でき、これが猪間のものであることは間違いないでしょう。
 ところでこの翻訳は、糸井のまねをしたのではないでしょうか。少なくとも小説よりは得意そうですし。なお、河合のゼミには、内海丁三の名前も見えています。
 奥付のところに、猪間の編集後記様のものがあります。
 ◇プライス先生がなくなられて1週間経たないうちに、我々はまた雑誌部委員なりし田中省三郎君を失いました。(……)
 ◇委員怠慢で諸君のご希望に十分副う様なものを作り得なかった事は深く謝します。殊にこの様な雑誌の中心たるべき雑報欄が余り振わなかったのは遺憾ですが、投稿して下さった方が割合多かったのは喜ばしい事でした。志方君の『工場生活』の如きは特に感謝に値すると存じます。今後斯様な観察や其他紀行の様なものが盛に投稿される様にと希望します。(……)
 ◇これで、兎も角委員の任務を果しました。在任中諸君の御厚意を深く感謝致します。来年は私ももう学校には居りません――でしょう。2ヶ年間関係した『経友』に離れるには、矢張り一種の感慨無きを得ません。本誌の末永き発展を祈りつつ擱筆致します。
 ――大正10年12月12日――
 同じ大変な編集をするのでも、糸井のような人物がそばにいるのといないのとでは違った思いがあったようです。
posted by wada at 13:13 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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