2015年11月19日

『経友』から新たな事実3

 有沢広巳が『経友』第6号に発表した「糸井先生と私」という追悼文は、基本的には、糸井靖之のどこかに憂鬱の影がつきまとっていたことに自分だけが気づいていたこと、その憂鬱は、森戸事件に際して現れたような、大学のあり方を問う深い憂鬱だったというようなことを書いたものですが、その中に、猪間の東大追放に関連して意図的に書かれているのではないかと思われる部分があるので書き出しておきます。
 それにしても、統計の演習に就ては、先生はもっとも熱心にまた根気よく、恰も魂を打ち込んでかかっている風にみうけられた。元気でもあった。動もすると過多の材料に材料まけして、持ちあぐみがちに滅入り込んでいる私達6人の演習参加者を勇気づけてくれるものは、常に先生であった。(……)
 春に入ると共に私達の演習も終りを告げた。だが演習を通じて先生と私達との間に結ばれた交りは、最早演習と共に終りを告ぐるには余りに深入りしすぎていたものとみえて、私たちは再び先生を中心として名もなき研究会といったものを拵えた。互に熟読した書物とか論文とかを隔週に皆が集っては、紹介及び批評し合うことになっていた。先ず先生が最初にフィッシャーの物価指数の議論を紹介及び批評せられた。これからの経済学上の仕事は完全なる物価指数作成法の発見にあると、よく話していられたから、先生のこの方面に於ける研究は先生にとって相当の点まで進んでいたことと思われる。フィッシャーに就いての批評にしても、難しい数学の分りっこのない私達にも十分に納得のゆくほど鮮かなものであった。先生の物の考え方にも事物の急所をしっかりと掴んでいる力強さがあった。
 これが書かれたのは1925年初めのことであり、「紹介と批評」ということばが反復されて、この背景にあるもの、つまり有沢による猪間驥一東大追放事件を知るものにとっては、1年前の1924年2月、『経済学論集』に発表された猪間の「物価指数の理論及実際―Fisher教授著の紹介、批評並に我国に於ける物価指数調査の実状―」を思い起こさせるに十分なものがあります。
 さらにこの追悼文と戦後に同じ時期のことを書いたエッセーとを注意深く比較してみると、興味深い事実に行き当たります。
 先生の発案で、われわれ6人の学生と一緒に、先生が出発されるまでの間、読書会をやろうということになった。(……)そして先生は、ミッチェルの『ビジネス・サイクルス』とかツガン・バラノヴスキーの『イギリス恐慌史論』とか、アーヴィング・フィッシャーの『貨幣の購買力』などをあげて、それぞれ各自で分担して、それを読んで報告することにきまった。
 つまり、追悼文では、フィッシャーの名前しか登場しなかったものが、戦後のエッセーでは、他の二人の書物の後ろに回され、しかもフィッシャーの物価指数の議論であったはずのものが、『貨幣の購買力』("The Purchasing Power of Money", 1911)の話になっているのです。
 フィッシャーが物価指数を論じた有名な著書は、猪間が取り上げた『物価指数の作成』("The Making of Index Numbers", 1922)ですから、これってひょっとして、有沢が、この二つの書物を取り違えたってことではないでしょうか。
 糸井が6人の学生たちと勉強会を開いていたのは、1921年の4月頃のことです。フィッシャーはまだ『物価指数の作成』を発表していなかったのです。したがって、「フィッシャーの物価指数の議論を紹介及び批評せられ」るようなことはできるはずがないのです。
 有沢は、1924年12月の猪間追放の時点でも、この追悼文を書いた時点でも、そのことに気づかず、その後、早い時期に誰かに指摘されて、戦後になってエッセーを書くとき、巧妙にこの二冊を差し替えたことが考えられます。
 おそらく猪間追放の根拠とされたものは、猪間の盗作疑惑でしょう(追記:ただし糸井は論文は発表していません)。しかしその疑惑は冤罪も冤罪、成立不可能なものだったのです。
 しかも、猪間の論文は、1924年2月に発表されていたものなのです。もし疑わしいのであれば、このとき糸井に問い合わせてみることは十分にできたはずなのです。直接、猪間に詰問することだってできたでしょうし、それができないのであれば、いつものように大内兵衛に訴えることだってできたのです。どう考えても、糸井の近い将来の死を待ち、死人に口なしという状態になって、一気に猪間の追い落としを図ったとしか思えないのです。
 そのたくらみが露見したことをもって、河合栄治郎たちが、大内グループが「しくじった」といっているのだとしたら、とてもよくつじつまが合います。
posted by wada at 20:33 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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