2009年03月12日

フィリピンの家族構成B

80年代、私は、フィリピンにおける家族計画の実施について、あまり積極的になれないでいました。その理由として、以下の2点を上げていたと思います。
一つには、10人以上子供がいても、そのうち何人かが必ず亡くなるということが常態化していると、その喪失感から、また一人子供が欲しくなるのは自然な成り行きに思われたこと。
もう一つは、貧しい家庭にとって、大家族というのは、意外な合理性を内包しているということ。つまり、親にとって、上の子供たちは、家計を助ける働き手であるということです。フィリピンでは、上の子供たちより下の子供たちのほうが、学歴が高かったり、例えば看護婦の資格をもっていたりすることが多かったのですが、それは、上の子供たちが先に働いて、学費の援助を行ったりすることによるものでした。そして、下の子供たちが、学業を終えて仕事を得れば(海外に出る例も多く見られましたが)、今度は、彼らが家族を経済的に支える番になるのです。 
90年代になって、JICA(国際協力機構)のアフリカが専門で避妊教育など担当されている方、またJOICFP(ジョイセフ:家族計画国際協力財団)で人材の育成、研修の実施等に携われている方とたまたまご一緒する機会があり、こうしたことをお話したことがありました。「それでも家族計画は必要でしょう」とあきれられてしまいましたが・・・。
ただ、今になって考えても、80年代のミンダナオではやはり、家族計画、バースコントロールは根づかなかったのではないかということです。
その前にやらなければならないことがあったと思います。衛生状態をよくしなければならなかったし、人々の栄養状態、健康状態を改善するのが先決だったと思います。
それは、CBHP(地域に根ざした保健プログラム)の枠組みでこそやれた活動だったと思います。
(これで、寄り道はおしまいです)
posted by wada at 20:52 | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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