2009年03月11日

フィリピンの家族構成@

日本の戦前のことを調べていると、ぼんやり浮んでくるのが、フィリピンでの経験。そこで、ちょっと寄り道をします。
1980年代の前半、私は、ミンダナオ島で、地域に根ざした保健プログラム(CBHP)に参加したり、日本の伝統的な上総掘りの技術を利用した井戸掘りのプログラムを実施するというようなことを行なっていました。
その後、同地を訪問するのは、1994年になってからですが、この二つの時期を比べるとき、気になって仕方のないことがありました。
それは、フィリピンの家族構成が大きく変わっていたことです。80年代前半は、子供は5,6人というのが一般的で、10人以上という家庭も珍しくありませんでした。ところが、1994年頃には、とても主観的な見方ではありますが、2,3人の家庭が平均的という状況になっていたのです。この間、とくに家族計画のプログラムが大々的に実施されたというようなことはないのにもかかわらずです。
他にも、私の目に映ったいくつかの変化がありました。
その一つが、野菜をたくさん取るようになっていたことです。80年代には、ごはんに塩辛か塩魚が中心の食事で、空心菜とかサツマイモの葉とか、そこいらじゅうにある野菜も食べられることが少なかったのが、バスターミナルの簡易食堂やマニラのファーストフード店でも、野菜をたっぷり使った料理が並べられていました。
もう一つは、住血吸虫病でお腹を膨らませている子供を見かけなくなったことです。この病気に感染すると、15,6歳になる前に亡くなるとCBHPの活動家に説明されたことがありました。そうしたこともあってか、以前には、子供のお葬式もよく見られる光景だったのですが・・・。
90年代になっても、相変わらずの貧しさという文脈で語られることの多かったフィリピンですが、その中でも、何かが確実に変化していることが感じ取られました。
この10数年の間に、いったい何が起こったのでしょうか。
posted by wada at 13:38 | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック