2008年09月30日

明治時代の避妊法A

『妊娠自在法』が紹介する、実効性のある方法とはどのようなものだったのか。
そこでは、これらを、避妊法と区別して「妊娠制限法」と呼んでいることが、当時、ヨーロッパで盛んになっていた産児制限とのつながりを感じさせます。3つの方法というのは、以下のものです。
@ 溶解圧定器(一名、妻君の友)(”The wife’s friend” soluble pessary)
A ゴム圧定器(India rubber check pessary)
B 海綿(The sponge)
@は、ペッサリーとは言っても、溶ける挿入薬であり、イギリスの社会運動家、ビサント夫人(Annie Besant)が最も無害で効果があると推奨していたもの。日本でも、医者に尋ねれば、比較的安価にて手に入ったようです。
Aは、いわゆるゴム製のペッサリーですが、イギリスから取り寄せる他、方法がなく高価なものと説明されています。ただし、取り寄せ先の住所は、@と同じレンデル(W. J. Rendell)の店です。Bはタンポン法で、海綿はどこにでもあるものだったようですが、くるみ大の清潔なものを選び、これを溶かしたミョウバン等に浸して、ごく細いヒモでしばって用いたようです。
ABには、キニーネ水を用いてもよいとされています。万全を期するためには、ペッサリーを取り出す前に、キニーネ水入りの水銃で洗浄するように書かれています。この時代は、避妊にキニーネを用いていたのですね(ココナツバターを加える例もあったようです)。
ビサント夫人の書いたものの中に、レンデルの開発した、この3つの商品を紹介したものがあり、同じ住所が示されているので、ここから採録したものとみて間違いないでしょう。イギリスの製品は、優れた品質で知られており、海外からの注文が集中していたようで、そうした流れの中に、日本での紹介もあったと想像されます。
ただ、どういうわけか、馬島|は、1920年代の日本で、こうした情報を得てなかったようです。
posted by wada at 00:28 | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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