2014年08月31日

地方交付税はなぜダメなのか

 1930年代の地方財政問題をめぐる石橋湛山や猪間驥一の議論が、原田泰さんの書かれているものと重なるものがあるように思われたので抜粋してみました。
■原田泰「地方交付税が地方をダメにする―シャウプの理想がアダに―」(『エコノミスト』1992年7月28日号)
「倒錯した地方分権」
 地方の財政力の拡充は良いことだが、よその地域の金を集めて自分の地域のために、本当に自由に、有効に使うことができるであろうか。
 封建時代の領主は、真剣であった。所領経営がうまくいかなければ、自分の責任になるからである。明治時代においても同じであった。ところが、シャウプ税制によって、地方は行政責任の主体ではなくなってしまった。失敗すれば中央からの補助金がくるという状況で、新しい試みをするという気概を失ってしまったのではないか。
■原田泰『都市の魅力学』( 2001年)
「基準財政需要額の増大」
 交付税交付金と補助金を加えた国からの財政移転の額は、地方債などを除いた全収入の半分にも及び、交付税交付金を受けていない都道府県は東京のみ、市町村は全国3,233団体のうち122団体だけである。要するに日本の地方自治体は、働くことができず、財産のない高齢者のような生活をしていることになる。
「課税自主権の消滅」
 地方が独自に課税する財源が小さく、中央からおりてくる交付税交付金と国庫支出金が大きければ、地方における支出は、地域住民への課税によってではなく、地域外の国民への課税によってまかなわれることになる。このような状況では、地域住民の行政支出への監視は甘いものとなろう。公的支出は、その支出のもたらす地域住民へのサービスの内容によってではなく支出すること自体に価値が認められることになる。建設事業においては、建設されたものが住民にとっていかに役立つかではなく、それによって仕事が作られることが目的になりかねない。
■原田泰「財政を圧迫する地方交付税―歪む地方自治―」(『WEDGE』2012年3月号)
「負担のない収入が自治を衰退させる」
 結局のところ、地方交付税という地方住民にとって負担のない税収があり、それを使うことが地方議会と自治体の役割になってしまったことに根本的な問題がある。しかも、交付税にしろ他の補助金にしろ、地方には裁量の余地がほとんどない。これでは、ともかく寄こせの大合唱になるしかない。
 一方の石橋湛山、猪間驥一は…。
■1935年4月27日「今週の経済界」(『東洋経済新報』5月4日号)
「地方財政交付金の問題」
石橋 それと僕は市町村へ金をやるについて困った事だと思うのは、そうなると取らなければ損だ、貰わなければ損だという弊風がある。丁度各省の大臣が予算の分取りをやるように……。
■1935年7月20日「今週の経済界」(『東洋経済新報』7月27日号)
「地方財政交付金の問題」
西野 地方に対する交付金制度の再吟味が必要ですネ。
小川 交付金の必要があっても、長く続くと必要の限度が少なくなる。今日ではヨリ必要のあるものが出て来ているのに、貰っている者は既得権を主張して、放すことを欲しない。此の制度は根本的に再検討をして、整理する必要がありますヨ。
西野 いま交付金が二億五千万円も出ているが、府県が国庫から貰って、これを町村にやっている。補助を受けている者が更に補助を他の者に与えている状態で、或る府県の場合なんか、制限課税の大部分を町村に与えている。また農村自体にも整理の余地があると思う。
大口 私も再検討の余地があると思います。随分弊害もありますからネ。
猪間 貧乏村たることを競争して吹(聴し)ているんじゃありませんか。
石橋 村長を決める標準が補助金の取り方なんだからネ。大臣が予算の分捕りをやるのと同じ様に……。
小川 いわゆる腕なんですヨ。腕のある者がエラい。全体の財政に対する見解なんかよりも(之)に対する考が強い。予算分捕の止まぬ所以だが、世間がエラく見るから、何うしても其の気分で動く。一つ此の見方を変えんといかぬ。
■1935年7月2日「山崎農相縦談」(『東洋経済新報』7月20日号)
石橋 それから地方へやる補助金助成金というものが、どうかすると地方を乞食(ママ)根性にしてしまう。貰わなければ損だということになる様ですネ。
農相 然うです。そこが難しい所なんです。それだから、思切って国の財源を町村にやって豊かにすれば地方は救えるが、現在では何と云っても国の補助がなければやれぬのだからやる。やると又悪い習慣が伴って来るというわけで、その加減が実に難かしい。
 これは戦後に書かれたものですが…。
■猪間驥一「地方交付税、地方補助金、両制度のかみ合わせについて――地方財政上の一問題――」(『商学論纂』1963年7月号)
 中央行政と地方行政とは、本来その事務範囲を豁然と分けて、重複を避けつつ、それぞれ企画から末端の執行までを担当せしめるようにするのが、理想である。しかしわが国では、永い歴史的事情と行政費節約の要請とから、これは至難事であって、中央が企画し地方をして遂行せしめる、という地方自治無視の行政事務が非常に多く、しかも中央、地方、官民ともに、これに多くの疑問を挟まない。ここに問題を解く非常な難点がある。
 鈴木武雄は、『石橋湛山全集』の月報に「地租委譲論と石橋さん」を書いていますが(2014年6月13日「寄り道:鈴木武雄と地租委譲」参照)、鈴木には、こういうところが理解できてなかったのではないかと思います。
posted by wada at 07:44 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月27日

志立鉄次郎と東洋経済新報

 石橋湛山による政府要人インタヴューを終わらせてからと思ったのですが、これが思いのほか手間取っていますので、ここに志立鉄次郎(しだちてつじろう)についての話題を一つだけ挿入させていただきます。
 最近、志立鉄次郎、上田貞次郎らが参加した1927年のジュネーヴ国際経済会議が、「史上初の貿易ラウンド」と呼ばれていることを知りました。
 林正徳さんが『農林金融』2012年12月号に発表された「国際貿易――1927年の輸出入禁止制限撤廃条約交渉とその今日的意義――」を読んでのことで、ここには、志立鉄次郎と上田貞次郎が会議の後、自由通商協会を設立したところまでフォローされています。
 おそらく林さんの意向とは違った「今日的意義」ということになるかと思いますが、石橋湛山や上田貞次郎の自由通商に関する共通ヴィジョンについて書くのにこれを利用させていただこうと思っています。
 そして、以前どうしようかと迷った志立へのインタビューですが、ここに取り上げることにしました。『東洋経済新報言論六十年』(1955年)に収められているもので、前回取り上げた町田忠治との関係もよくわかります。
 ちなみに、町田忠治(1863-1946)、志立鉄次郎(1865?1867?-1946)とほぼ同年代、湛山とは20歳以上の歳の開きがあります。
寄書家として
石橋 志立さん、古い寄書家としてお話を願います。
町田 私が御紹介するが、志立君が日本銀行に居られた時に、どちらの議論がよかったか知らぬが、当時の政府が支那の償金が這入ったについて金貨制度にすると云う時に、志立君は私の記憶する所では、東洋全体の形勢から金貨制度に賛成しない、寧ろ銀貨制度論を持って居られたので、日本銀行の内に居られて、堂々と日本銀行の当時の首脳部に反対の意見を天下に公にする。また同志と星ヶ岡に会合せられて銀貨制度を唱えられた事があり、それから中央銀行の金利政策に対して当時から独特の御意見があって、この経済新報にも矢張り志立君の意見が現われて居り、なかなか東洋経済新報としては有力なる同情者であり、有力なる寄書家でありました。この雑誌の現われました当時の経済事情に対しては深く研究されたので、私からもその時代の御感想を一つ承りたいと思います。
石橋 ぜひ一つ・・・・・・。
志立 陳腐な議論で忘れてしまったようで・・・・・・。
石橋 志立さんは今でも相当その風格がおありかと思うが、若い時には、なかなか謀反気が強かったのですね。
銀本位を主張す
志立 誰でも若い時はそうだろう。それじゃ一言申上げます。委しいことは記憶を去って居るので、纏ったことは申上げ兼ねますが、丁度町田君がこの雑誌を創立になります当時、私は日本銀行に居りましたが、時々日本銀行に町田君がお出下さって、お目にかかって、意見の交換をして大いに利益したことを思い出すのであります。これは東洋経済新報のできる直前のことであります。併し、東洋経済の生れる前の経済事情が窺われるから申します。それは丁度金本位制が発布になります以前、すなわち貨幣制度調査会(・・・・・・)が設けられます前後、金本位と銀本位の議論が沸騰いたして居ったのであります。私がイギリスに居りました時に、別に研究も致しませんでしたが、丁度その頃イギリスで金本位と複本位の議論が盛んに闘われた当時でありまして―今でも私はその当時イギリスでできましたパンフレットを可なり持って居りますが―亡くなりましたロード・バルフオァその他名士の複本位に関する意見を書いた右冊子を喜んで読んだものであります。それで大分かぶれたのでありましょう。帰りますと貨幣問題がやかましくなっていたので、渡辺千代三郎君が丁度私と同じ意見を持って居って金本位に反対致しました。当時日本の産業がまだ幼稚であり、貿易も同様であったので、金本位にすることは不得策であろうと思って、大胆ながら意見をしゃべったり、書いたりしたのであります。丁度松方幸次郎君が今の金本位停止について云われたと同じような意見を私は持って居ったのであります。併しあれ程に豪胆なことは云わなかったのでありますが、大体同じ考えを持って居ったのであります。

 志立鉄次郎の略歴を調べてみました。
◆明治-昭和時代前期の銀行家。 慶応3年生まれ。日本銀行,九州鉄道,住友銀行勤務をへて,大正2年日本興業銀行総裁となる。昭和2年ジュネーブでひらかれた国際経済会議に日本代表として参加した。昭和21年3月16日死去。80歳。出雲(島根県)出身。帝国大学卒。(コトバンクより)
◆1889年(明22)帝国大学法科大学を卒業して日本銀行に入り,ついで3か年欧米に留学,帰国して同行西部支店長になったが,総裁山本達雄と意見を異にして,1899年(明32)退職。ついで住友銀行に入って支配人となったが,やがて勝田主計蔵相との対立から1910年(明43)同行を辞職した。その後は大阪朝日新聞社に入って経済部客員となり堂々の論陣を張った。1913年(大2)日本興業銀行の総裁となったが,また勝田蔵相と意見が合わずその椅子を去り,1927年(昭2)5月,ジュネーブで開かれた国際経済会議に首席代表として出席した。(これがどこからの引用なのかわからなくなりました。わかったら書きます)。
 湛山のいう「なかなか謀反気が強かった」というのはこのあたりのことですね。
posted by wada at 21:55 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

湛山の町田商相インタヴュー

 石橋湛山の政界要人インタヴューの中でも私が最も注目したのは、この町田忠治商工大臣に対するものでした。高橋是清の場合は基本的な認識の確認に重きがおかれているのに対して、町田に対するそれは、具体策に踏み込んだ議論をしているように思われたのです。
 高橋是清へのインタヴューでも触れられていますが、東洋経済新報社を設立したのが、この町田であり、日本で初めてインタヴュー形式での取材を行った人物でもありました。

1935年5月11日「町田商相縦談」(東洋経済新報』5月25日号)
 町田に対して用意された質問は、以下の通り。
1. 我が国の経済は、甚だ古い言葉でありますが、所詮所謂商工立国主義によって進む外なきやに考えます。其の商工業を殷盛ならしむるに就て今日我国民の最も努めねばならぬは如何なる点でありましょうか。
2. 近年我国の経済は自由主義と統制経済主義とを繞って彷徨しつつある如く感ぜられます。今後我経済国策の中心は何処に置かるべきでありましょうか。
3. 近年の我輸出貿易の伸張は一面頗る喜ぶべきでありますが、同時に又我国民労力を海外に安売りする弊にも陥っているように思われます。これに就ての御感想乃至御対策を伺い得れば幸です。
4. 経済の目的は国民の生活を豊富にするにありと愚考致します。輸出産業以外の産業の振興によって亦此目的を達する方法は考察されないでありましょうか。
5. 地方に於ける産業組合と中小商業者との対立、及び都市に於ける百貨店と中小商業者との抗争は如何にして之が調整を図るべきでしょうか」。
6. 中小商工業者の最大の悩みは其金融難にあると存じますが、之に関する御高見は如何ですか。

 インタヴューの小見出しと気になった部分を抜き書きします。
工業立国中心主義で進む外なし
・「(湛山の)御説は如何にも尤もだ。我国の様に天然資源に乏しく、人口が多く其の増加率も著しい国柄では自給自足の経済政策は事実上不可能だと思う。だから商工業を盛んにして、外国から原料材料等を輸入し、之を工業化して輸出するという風に進む外なかろう」
・「ただ(……)私は農林行政には二度ばかり当っておりますので其方面から考えると、(……)商工立国主義とか農本主義とか産業の特定の部門に偏するのは、国民を指導する上に誤解を生ずる虞がある」
明瞭でない農商の区別
・「農業の経営も、今日では肥料を始め工業製品の供給に俟たねばならず、其経営方法や技術も工業のやり方を取り入れねばならぬ状態だから、昔の様に農業と商工業の考え方にハッキリした区別がなくなった様だネ」
総合的産業政策の提唱
貿易政策は通商自由を原則に
・「一番心配なのは日本品が海外に進出しているので輸入制限やら輸入割当等をやって日本品を阻止することだ。(……)日本の立場から云えば、自由通商の大旗を振り翳して、良い品物を廉く世界に供給するという主義を貫かねばならない」
・つまり第1問については、町田が、湛山や上田貞次郎同様、商工立国主義を採っていることがわかります。それでは、第2問の統制経済主義は採らないのか? そこは微妙なようです。
一時の対応策は?
・「甚だ面白くない事だが一時の対応策として、日本及満州は勿論、原料の豊富な支那、シャム、案南等の東洋諸国の間に経済的提携を緊密にして、いま欧米から取っている原料を、将来は東洋で賄うというやり方をとるのも仕方あるまい」
・湛山は「日本がそんなアジアブロック政策をとったら、益々外国を刺激しやしませんか」と疑問を差し挟みますが、町田は、「各国がそれをやる以上、また各国をして自由通商の本態に戻らせる意味に於ても、地から或対抗策をとるのはどうも仕方ないネ」と答えます。
・他方で、「(ドイツの例のように)科学の進歩によって、従来其様な原料でなければ製品が出来なかったという考え方を学問の力で変える、外国から仰いだ原料を国内で出来る他の原料に代えるという様に、科学の進歩次第でいくらでも方法はあろうと思う」とも。
日本の経済はまだ自由主義経済
或程度の統制はやむなし
輸出統制は強くやる
産業統制法は修正する
・「あれが出来たのは浜口内閣の時」、「当時非常な不況で何んとかして産業を保護せねばならぬという意味で出来たのです。然しいまでは経済状態もやや好転の方にありますから、あの産業統制の弊害は寧ろ生産者保護に傾き過ぎた嫌があり、それだけ消費者大衆は不利益な立場になっている」、したがって、「来年産業統制法の満期後も之を存続するという事になれば、此目的を以て修正を加えた統制法にしたい」としています。
・第3問については、「このお尋ねは極めて御同感」とし、「労力を安売りすることは、矢張り物的資源を海外に安売りしていることと変りはなく、国民経済上に及ぼす影響は余り宜しくない」としています。
日本の進むべき道は中小工業
・「世界的不景気の中で日本だけやや景気が好いのは、軍需工業の殷盛という事情もありましょうが、我国の工業が概して中小規模のものが多いという事実も其有力な原因でしょう」
日本の動力を廉くせよ
・湛山の「電気をモット廉くすることが非常に必要だと思います」という発言に対し、町田も「どうしても電気が廉くないと駄目だ」としています。
審議会の初の問題は農村問題
・「大蔵大臣などは日本の産業を盛んにし、不景気を挽回するには購買力を増す、農村の購買力を増すということを始終云ておるが、此意味は農家経済が成り立つ程度に農産物の価格を維持しなければならぬことは勿論であるが、同時に多角経営とか副業とかも奨励する。然しこれだけで農村全体の購買力を増すことはなかなか容易でない」
・「それには矢張り一面には負債整理負担軽減、それに例のやかましい交付金問題なども解決する。之を解決するに付ては、或は昔あった地租営業税の委譲という問題も出ましょうが、果たして之だけで足りるかどうかを研究することになりましょう」
今後の農村対策
・「農産物価格の安定」、「農業の多角経営」、とくに「農村の工業化」、「規格の統一」(自転車の部品、蓄音器、ソケット等)。
通商自由が根本的政策
・「日本の人口の増加から見まして、(……)今の農業人口が半分位にならなければ、農村の生活が立って行くことは難しいと思う」
反産運動をどう見るか
中小商工業の金融機関は中央金庫がいい

 ここでもう一つ踏まえておきたいのが、このインタヴューにも同席した吉野信次次官(吉野作造の弟)との二人三脚ぶり(新聞記事参照)。インタヴューにあった産業統制法の改正、また後に中央金庫を実現させています。
神戸新聞 1935.4.25(昭和10)
愈あす開く工業組合大会
五百六十余組合一千名集る
町田商相を迎えて
「町田商相初め吉野次官、恢工務課長、柏村書記官等(が出席)」
大阪毎日新聞 1935.4.26(昭和10)
産業統制法は輿論に聴て改正
紡連対綿布輸組の紛糾は妥協がつく
西下の吉野商工次官談
「24日名古屋発同夜養老に一泊した吉野商工次官は25日大垣駅から燕で西下した町田商相と同車神戸に先行したが車中左の如く語った」
大阪朝日新聞 1935.5.26(昭和10)
重要産業統制法修正の上恒久化
きのう官民懇談会
重要産業統制法の改廃問題について商工省は二十四日商相官邸に官民懇談会を開会
「商工省より町田商相、勝、吉野両次官、高橋参与官以下各局部長、民間側より(……)の諸氏出席」
posted by wada at 20:32 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

湛山の高橋蔵相インタビュー

 1935年4月から7月にかけて、石橋湛山が集中的に行なった5人の政界要人へのインタビューを見ていきます。今回取り上げるのは、高橋是清大蔵大臣。ただし、冒頭の東洋経済新報社で創刊した英文雑誌の紹介や東洋経済創刊当時の思い出は、ここでは省略します。

1935年4月20日「高橋蔵相縦談」(『東洋経済新報』5月4日号)
 高橋是清へのインタビューでは、湛山は、6項目にわたる質問表を用意していました。質問それ自体が政策提言になっていることがわかります。
1. 我国の財政は近年急激に膨張した観がありますが、併し例えば之を英米等の歳出に比するに、もとより未だ少額であります。人口一人割に致して見ても何分の一に過ぎません。然るに軍備を初めとして一切の国際的符合は彼等と同等に行わざるを得ぬ現情勢を考えますと我財政の歳出は今後尚お増加致せばとて、減少の見込はなきように存じます。又減ずることが我国民生活に取って必ずしも善い結果を生むと申せぬように考えます。如何のものでありましょうか。
2. 我財政の歳出が若し今後も減少する見込がないと致しますれば目下の我財政の悩みたる歳入不足も亦之に依って消滅せしめることは不可能に考えられます。私見に依れば、我国民は大に努めて生産を盛んにし、所得を増加し、膨張する国費模負担に耐える力を養う以外に財政処理の途は無きように考えますが、如何でありましょうか。
3. 閣下は先般の議会に於て、将来困難に陥るべき時期の一として、事業資金の需要の激増する場合を挙げられました。私見に依るに、事業資金の需要の激増する場合は、取りも直おさず国民の生産活動が旺盛に赴き、其所得の激増する時期でありますから、之こそ実に我財政の歳入不足を消滅せしめる好機ではないかと考えます。然らば我官民は、一日も早く斯かる時機の到来するよう努力するのが此際最も急務であると存じますが、如何でありましょう。又若し幸にして御高見も同様であるとすれば、此時期を速に齎す方法に就て御教示を仰ぎ度く存じます。
4. 低金利は、屡々閣下の御教示ありし通り、国民の産業活動刺戟増進する最も有力な梃の一をなすものと信じます。然るに今わが国の金利を見るに例えば公債利子に致しても英米に比し未だ遥かに高い位地にあります。私見に依るに我此の公債利子は尚お引下ぐる余地ありと存じますが如何でありましょう。
5. 今日の我国の金利は四分利交際に依って底が入れられたる観あり、最近米穀証券等の売行が云々せられるも、実に公債利子高きにすぐる為めならずやと愚考致します。併し此観察は誤っておりましょうか。
6. 最近一二の地方を旅行致したるに、殆ど到る処に於て小商業者に対する購買組合の圧迫と商工金融の不円滑とに対する苦情を聞かされました。此等に就て亦御高見を承り得れば幸であります。
 1〜3は財政の膨張に関するもので、以下の小見出しが是清の答えになっています(わかりにくいところを是清あるいは湛山の発言で補っています)。

赤字財政の前途―肝要な事は無駄遣いをせぬ事
借金が殖えても富が殖えれば心配はいらぬ
国防は不生産か
・「成る程国防は直接生産はしない。が国防に使う金は大に生産に関係を持っている。国防の為めには、材料も要る、人の労力も使われる。其等の人の生活が之に依って保たれる。だから拵えた軍艦そのものは物を作らぬけれども、軍艦を作る費用は皆生産的に使われる」。この是清の認識は、後に湛山が問題とするところですね。
ルーズヴェルトは理論に走りすぎた
・「例えばアメリカには失業者が沢山にある。之を救済しなければならない。それから農産物の価を高くしなければならない。それには賃金も安くてはいけない。それで何うしたかと云えば、御承知の通り、労働者が今まで六時間働いていたのを五時間に縮めた。そうすれば(……)そこに一人新しく入れることが出来る。即ち失業者をそれだけ減らす計画を立てた。それから賃金は最低賃金法を定めて下げさせない。斯う云う事でやって見た所が、それが人の心に何う云う影響を及ぼしたか。働くと云う気が薄らいで来た。楽をして食おうと云う気になった。其の弊害が、ずっと判って来た。イギリスの失業保険と同じだ」
人を働かせる工夫が真当のやり方
・「そこで今度は、大統領も人を働かせると云う方針に変えて来た」
・ここで湛山は、「不景気の時には、軍備拡張も、考え方に依っては一方法です」と述べ、また「生産の伴わない通貨を出すことになればインフレーションですけれども、生産が伴う限りは、御説の通り無駄さえしないで上手に使って呉れれば財政の膨張も或程度差支えないと思います。国家も経済的には一つの株式会社だと考えれば、赤字公債は資本金と云う事になりましょう」とも述べています。
成金贅沢
・「先年大戦争の時に成金と云う者が出来た。其等がえらい贅沢をやって、一人前百円の料理でご馳走をしたなど云う評判が新聞にも出た。(……)併しそれが全く無駄になったかと云うと、そうばかりも言えないと考えた。例えば芸者に祝儀をやる。それは芸者が何か買う元手になるのだから、つまり生産者を潤すことになる」
 4・5は、低金利を促進する提案です。
長短金利の差
・「それは私も反対ではない。併しそれなら金利は何処まで下げるのが適当か。之は簡単な問題ではない」
公債の四分利は高すぎぬか
・是清はこの問いに対しても、「日本には、まだ英米ほどに大金持がいない。それはつまり、資本の集積が少ないと云う事だ。斯う云う状態で、利息だけを英米の真似をして無理に安くすることは出来ない」といっています。
金利が下りすぎても困る事がある
三井三菱がもう二三十軒もほしい
低金利政策は機会さえ来れば進める
建築費統計が欲しい
満州投資に就ての注意
・これは、この年の初め、是清が「満州投資の抑制」をもち出して世間を驚かせたことについてのものですが、是清の真意は、無駄遣いや無暗に会社を興したりすることを戒めることにあり、「けれども満州に対しては、まだ各国が独立国として認めないと云うわけだから無論二本は出来るだけの世話はしなければならない」と確言しています。
昨年の国際収支
為替の前途は心配がない
日本の為替は磅(ポンド)にリンクするが適当
普通銀行の預金利子
金利が上ると銀行が却って困る
 最後の購買組合に関する質問は、「中小の商業者が購買組合の圧迫に苦しんでおる」状況についてのもの。
購買組合と地方の産業
・是清は、「産業組合というようなものも、少し行き過ぎたやり方をしているかも知れない。そう云う事で小さな商売人を苦しめる事は考えなければならない」と答えていますが、農林省ではこれをもっと進めようとしていたようです。
地方には地方生抜きの銀行が必要
地方救済に国家の負担は辞さぬ
県知事は死ぬまで其の地方に

 以上、私が気になった箇所を抜き書きしてみました。

posted by wada at 20:02 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

いくつかの新しい情報7

 最後にもう一つだけ、東洋経済新報社京城支局がどのように設立されたのか、ヒントになる記事をご紹介します。拙稿「経済学者、鈴木武雄の大陸前進兵站基地構想と戦時下、東洋経済新報社京城支局による『大陸東洋経済』の創刊」を読んでいただいた方以外に、関心をもたれる方はないとは思いますが。
今週の経済界」(『東洋経済新報』1935年11月2日号)
台湾工業化の方向と限度
昭和10年10月24日
於大阪・綿業会館
座談会出席者
野村合名調査部長 熊田克郎
金田商店調査部長 後藤一平
東洋経済新報社関西支局長 小倉政太郎
台湾景気はいい
小倉 熊田さんこないだ台湾へ行ってらっしゃった様ですが何か土産話はありませんか。
熊田 台湾景気はやはりいいようです。最近物価が一割も上がるという始末です。
 それから近年内地のように風水害がないことが台湾の農業を具合よくしている。どういうわけか例の名物風が最近一寸も台湾に上陸しないらしい。台湾経済では何といっても農業が重要なのだから、これが気候に恵まれた効果は大きい。内地好景気の反映が大きいのではあるが……。
工業化の条件はあまりよくない
小倉 近頃やかましい工業化の問題はどうですか……。
熊田 朝鮮とは一寸趣きが違っていて、そうたいしたものは期待出来ぬようです。先ず工業発達の条件といえば、労力、土地、資源、市場の如何ですが、何れの点でも特に優れていると言い兼ねる。(……)
台湾工業化の方向
小倉 現在行われつつある工業化は……。
熊田 総督府では「熱帯産業調査会」というものを作って、砂糖、海運関係の実業家等を集めて、台湾及其付近に何をなすべきかを研究しております。もともと台湾電力の電力を消費せしむることが目下の工業化の眼目であり、それに工場誘致には朝鮮総督府程条件をよくしてないようです。
小倉 台湾には朝鮮のようにハッキリとした開発方針がない。
熊田 台湾に於ける植民地経営としては、砂糖の自給が出来たことだけで、まあ成功したと云ってよいでしょう。(……)
小倉 アルコール―砂糖の副産物―を原料として何か工業化が出来ないでしょうかね。
熊田 甘薯から砂糖を搾り取ってしまわずに、アルコールを増産せよと云う計画もあるが、これはどうしても燃料にするほかないらしく、而もガソリン程廉くはならんようです。(……)
 次ぎに満州の塩業に刺激されて、台湾製塩会社などで曹達工業をやり始めています。質は比較的よいようです。(……)
小倉 台湾の石油は有望ですか……。
熊田 石油は歴史的事実としては曾て出たことがない。今迄は金を出し惜しんで深く掘らなかったから、今度日産では深く掘ってるようです。今の所では瓦斯だけが出る様です。
小倉 化学工業はどうです。
熊田 硫安でもアルミニュームでも、何れも台湾電力の電力を消化するために総督府が力瘤を容れているので、他の原料、市場等の条件では取立てて有利なものがないのですから、そこに無理があるわけです。尚天然瓦斯の中に含む水素を利用して硫安製造をやろうとしているが、瓦斯の出るのは他(地)理的に制限があり、混合物が厄介であり、且設備をしてもいつまでつづいて出るか判らぬという難点がある。だがこれの利用には総督府でも力を入れて「天然瓦斯研究所」を作って真面目に研究して居ます。
後藤 繊維工業などは駄目なんでしょうね。
熊田 駄目です。
小倉 僕は植民地の工業化従って朝鮮、台湾への資本移出の増加は、日本の景気条件として小さくないものだろうと考えていたのが、台湾に於てはこの点は大して期待的ではないと云うことになりますね。
 このとき関西にいた小倉政太郎は、台湾の工業化については期待薄という認識をもち、朝鮮への関心を深めていくことになったのでしょうね。
朝鮮経済の実相を語る=統制に関し内地側に要望す=」(『東洋経済新報』1936年10月10日号)
昭和11年9月11日 主催 東洋経済新報社
於 朝鮮京城銀行集会所 後援 朝鮮実業倶楽部
出席者(朝鮮実業倶楽部メンバー21名+根津知好東洋経済外信部長)
挨拶 
朝鮮実業倶楽部会長 韓相龍氏
一言御紹介方々御挨拶申上げます。今回東京の有力なる「東洋経済新報社」が、朝鮮・満州並に支那に於て、産業経済の御視察の為に、社員を派遣されたのであります。(……)只今御紹介申上げますがこの方は外報部長の根津さんでございます。(……)
今朝鮮としましては、躍進の朝鮮でありますが、内地のかくの如き有力なる機関の幹部が、親しく朝鮮においでになり、朝鮮の総ての事情を御研究御調査になりまして、内外に御発表下さいますことは、極めて意義のあることと存じまして、我々は満腔の熱誠を以って敬意を表しておる次第であります。(……)
東洋経済外信部長 根津知好
座談会に入ります前に、どういう趣旨でこの座談会を催したかということを、一言申上げたいと思うのであります。朝鮮は内地との関係が既に古い歴史を持っており、そうして、満州よりも支那よりも、遥に深い関係があり、遥に近い場所にあるのでございますが、それにも拘わらず朝鮮経済に対する認識は、兎もすると薄らぎ勝ちのような傾向が見られるのでございまして、そう申す私自身も、朝鮮経済について甚だ研究の足らないものでございます。(……)
それで本夕は、先ずそういう風に朝鮮の経済についての認識を、内地の者に深めるということが第一の趣旨でありまして、同時に朝鮮の現地におって、色々御活躍なさっておる方々から、御要望が内地に対してあることと存じますが、そういう風な御要望を腹蔵なく述べて頂くことは、内鮮」の関係から見、併せて朝鮮経済の発展を促進する上に是非とも必要ではないかと思うのであります。この趣旨の下に、今回の座談会を催しまして、微力ながら東洋経済新報が、朝鮮経済の発展の為に寄与したいと思っておる次第でございます。
 脱線に脱線を重ねていますが、以後、石橋湛山の1935年政界要人たちへのインタビューをまとめ、「猪間驥一と地方財政問題」のつづきへ戻りたいと思います。
posted by wada at 17:22 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月03日

いくつかの新しい情報6

 話が前後してしまって申しわけありませんが、湛山が地方財政問題をどのように考えていたか、よくわかる座談会記事だと思いましたので載せてみました(前回、前々回の記事は1936年のもの、今回の記事は1935年のものですのでご注意ください)。
1935年4月27日、「今週の経済界」(→5月4日号)
座談会出席者
民政党代議士 小川郷太郎
時事新報論説委員 西野喜与作
本誌記者 山田秀雄
読売新聞経済部長 山崎靖純
中外商業編輯局長 小汀利得
東洋経済新報主幹 石橋湛山

地方財政交付金の問題
山崎 小川さん、地方財政はどうなんですか。
小川 地方財政は非常に行詰って居ります。それを救うのが焦眉の急です。
西野 地方財政と云っても都市の財政は良いから、地方財政調整交付金の5,700万円も、市は後回しにして町村だけに交付することにしたら宜いと思う。
小汀 そうするのが尤もだけれども、実際問題として貧弱町村は発言権が無くて、良い町村が発言権がある。
石橋 それと僕は市町村へ金をやるについて困った事だと思うのは、そうなると取らなければ損だ、貰わなければ損だという弊風がある。丁度各省の大臣が予算の分取りをやるように……。
西野 それが非常にある。だからあれをやるとすれば目的なり、限度なりに条件を付けて限定しなければならぬ。

地方の独立税源はないか
石橋 どうしてもうまく行かぬと云うなら、独立の税源を市町村に与えて賄わせるのが一番宜いと思う。例えば地租委譲だけでは貧弱町村はいかぬというなら、教育費だけは国庫でやったらどうだろう。
西野 そうなると教育施設が画一的になる、画一的になると経費が膨張する。
石橋 地租を委譲して地方財政は救われないでしょうか。
小川 今では足りないです。宅地租でも都会の地租は高いが、農村の方は僅かのものですから。
石橋 何か独立の良い税源はありませんか。
小川 国の税と地方の税を選り分けるような制度を採らなければならぬ。今は付加税制度ですが、之を税の種類に依って分けるということになれば、根本的に考え直す必要がある。
石橋 租税の方で理論的にはどういうのが宜いですか。
小川 唯だ日本では地方で税の目標になるものが少い。例えば土地という様なものを目標にする税を国に取ると、農村には残されたものは無いことになり、困ることになる。日本では大体地方税は付加税が中心になって居るが、付加税の課けられないものを国で取って配分したらどうかということを今日まで考えて来て居る。

資本利子税に付加税を掛けよ
小汀 今日の様になれば資本利子税に付加税を掛けて宜いじゃないですか。
小川 東京だけが掛けて田舎の方は資本利子を有って居らぬから付加税は掛けられないことに法律がなっている。
小汀 税務官吏が公証役場へ行って公正証書の内容を調べれば宜いお。
小川 それは税制の根本を改革しないでも税を取調べる為めにもう少し何か相当交渉をつければ相当入ります。

 町田商工大臣へのインタビューでもこうした議論がありましたので、以下に。
1935年5月11日、町田忠治商工大臣「町田商相縦談」(→5月25日号)
町田 大蔵大臣などは日本の産業を盛んにし、不景気を挽回するには購買力を増す、農村の購買力を増すということを始終云っておるが、此意味は農家経済が成り立つ程度に農産物の価格を維持しなければならぬことは勿論であるが、同時に多角経営とか副業とかも奨励する。然しこれだけで農村全体の購買力を増すことはなかなか容易でない。(……)それには矢張り一面には負債整理負担軽減、それに例のやかましい交付金問題なども解決する。之を解決するに付ては、或は昔あった地租営業税の委譲という問題も出ましょうが、果して之だけで足りるかどうかを研究することになりましょう。例えば地租を例にとると今は六千万円位と思いますが、其うち三千万円位が農村の方に行っている。地租の総計を六千万円として、十年毎に賃貸価格によって変えて行くとすれば恐らく農村の賃貸価格は減って都会の方の賃貸価格が殖えて来ます。そうすると昔は地租委譲というものが非常な財源となったようだが、十年毎に段々減って行く処があるから地租委譲で財源を作るということは余程根本的調査をしてからでないと決められない。
石橋 あれによって救われるのは主として都会地ですな。
町田 併しそうなると地方に交付金をやるという考え方は変って来て、別な財源を考えなければならなくなると思うが、これから農村政策を決めるには、余程研究して貰わぬといかぬ。

 この頃、地租委譲だけでは足りないという考え方もあったのですね。

posted by wada at 16:12 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いくつかの新しい情報5

 前回述べた『東洋経済新報』の「税制改革案の内容検討」特集に含まれる猪間驥一の論文は、この地方税制改革案の解説をも兼ねているので、ほとんどそのまま載せておきたいと思います。
猪間驥一「地方税制改革案の意味と影響」(東洋経済新報』1936年10月10日号)
 改革案の政治的意味
 今回の地方財政改革案は、一言にして之を蔽えば、従来の政友会の主張を半分、民政党の主張を半分、それに官僚独自の創案に係る主張を2倍だけ採って捏ね合して出来たものだ、と云う事が出来ようと思う。
 政友会の主張とは、云う迄も無く、地租、営業収益税の地方委譲だ。両税の税収額が今回の案では、全部地方の財源に与えられている。但し其の課税権は、政友会案の様に地方に与える事をしないで、国が握って離さない、と云うのだから、半分だけ主張が通っていると云うに不思議はあるまい。次に民政党の主張とは、例の小学校教員俸給の全額国庫負担である。之は国庫の全額負担と云う意味では、今回の案に全部実現された。併し民政党案では無論増額交付金が市町村に来る事を予期していたのに、今回の案ではその点は却って従来の教員給国庫交付金を市町村から取上げ、震央付近と共に之を府県に与えて、小学校教員の俸給は府県財政でまかなう事にしている。民政党案も半分採用されたと云う所以である。
 最後に官僚の創案と云うのは、問題の地方財政調整交付金制度を指す。各政党でも類意の案に似寄りの名を付けて、我党多年の主張と銘打って案を出しているが、あれはみんな内務省の当局から印刷物を貰って来て、所々朱筆を入れて改悪し、レッテルを貼りかえて出しただけのもので、主張の本家本元は新進気鋭の官僚の中にある。其の最初の案が昭和7年に提出された時には、交付金額は地方税の一割、5,700万円見当と云う事だったが、今回の案では之が1億1-2,000円見当になる筈であるから、全く文字通り二倍の分量が調合されていると云う次第である。
 税制体系上の重要変化
 では、税制体系の上にどう変動を及ぼすか、と云うと、之は無限の可能性を含んでいるが、国税の側から見て、最も注目すべき点の一つとして、国が収益税財源を完全に地方に委譲した点を挙ぐべきであろうと思う。家屋税が国に移管されたけれど、それは課税標準の評価と課率の決定を移したと云うだけで税収入全額は、地租も同様徴収地たる市町村に与えられるのである。(此の点は堂々たる大新聞が殆ど一様に報道を怠っている。ただ福岡日日が9月23日紙上でスクープした。云う迄もなく之は地方財政関係ではビッグ・ニゥスであり、確実な報道に違いない)。営業収益税は市町村の、資本利子税は府県の夫々財政調整交付金の財源として振り当ててある。収益税財源は斯く全く国費支弁のファンドから除かれるに至った。我国の税制は所得税を主税とし収益税を補完税として組み立てられると云われて来たが、此のことは形式上は依然たりだが、実質的にはそう云えなくなった。財産税が補完税として新に登場して来た理論的根拠はそんな所にあるのであろうか。
 今一つ地方側から見て最も顕著な事実は、誰人も気づく通り、府県は家屋税移管、市町村は戸数制度廃止、地方団体の独立税の喪失である。営業税雑種税の様なコマコマしたものは残っているが、殆んど之は独立税などと云う資格は無い。其他に大して新税が起される余地もない。尤も所得税免税点以下の者に特別所得税が起される間隙はあるが、東京市の例などから見ても大した税源にはならず、課税徴収の摩擦も多く、如何に中央当局でも、地方自治体にこんな火中の栗を拾えと云う事を建前とはしない。すると地方は殆ど全く付加税と国庫交付金で財政を立てて行かねばならぬ。地方の財政的自主権は、全く失われたと云わない迄も、極端な制限内に控制されたと云わねばならない。
 新旧税制の数字的検討
 そこで、地方税の新体系を具体的に示し、又その収入額がどう動いて辻褄合わさって行くかを示すが為に、一つ私の拵えた道府県収入と市町村収入との表をお目にかけよう。(……)
 表で見られる通り、市町村では戸数割と所得税付加税が廃止されるが、其の欠陥は3収益税の交付で丁度埋め合され、小学校教員給の不要額だけが、諸税の減税となる勘定である。又府県では独立税としての家屋税が無くなり外の特別税も減税せられ、その欠陥は到底3収益税の付加税と資本利子税の交付だけでは埋まらない。そこで所得税付加税を特に許すのであろう。其の外に府県は新に小学校教員給1億6,800万円の負担を負わねばならないから、其の一部は現在市町村の貰っている国庫負担金を振り替えれがばよいが、後の半分を何とかせねばならぬ。それが所得税の2割の交付金で賄われる。多少勘定に出入りはあるが、ザッと先ず此の様な計算になると解される。
 改革の地方自治体への影響
 斯様に改革による金額出入の帳尻は、地方財政全体としては一通り合って行く。(……)その個々の影響がまだ明かにならない今は、申請の利害得失を論定する事は早過ぎるであろう。だが誰人も気付く通り改革案は地方に対する中央の統制を強力化すると共に、地方自治体の自身の収入の弾力性を少くするだろうと云う事は、見透される。(……)比較的静的な経済状態にある農村地方などではこの財源でも少少の財政需要増加には堪え所謂弾力性に問題は無いかも知れぬ。けれど弾力性が本当に問題になるのは進歩発達が特に急速な都会地である。小学校設備をどしどし拡張しなければならぬと云う様な地では、今度の案で与えられた財源で間に合って行くか、どうか多くの疑問が残る。歳入の多分を国庫の交付金に仰がなければならぬとすれば、所謂陳情の激増驚くべきものがありはしないかと考えられる。
 改革の租税負担者への影響
 租税負担者の立場から見ればどうなるか。今度の改革は都市と農村の負担の均衡是正が一つの目標となっているが、前の表の税種別の収入額の動きから見て此の点は確かにやり遂げられている。多年の問題たりし戸数割廃止されたのは、市町村当局としては反対も多かろうが、税の負担者から見れば結構な事で、私も、之に双手を挙げて賛成だ。だが之でもって不合理な公費課徴が非常に減ずると結論するのは稍総計であろう。私は地方団体の財政経理が何と云っても窮屈になる結果、そしてやるだけの仕事はやらねばならない結果、表向きの財政の本道を通らない課徴寄付金割高と云う様なものが益々発達する危険が非常に多いと思う。そうなると戸数割の廃止は地方を転々浮草生活をする役人会社員と云う様な者が喜ぶだけで、土地の定住者には一向有難い事ではなくなるかも知れない。謂わんや戸数制の廃止が所得税免税以下の人々の特別所得税負担の重化、繰入を目的とする公益事業の料金の値上と云う事に変形して現われて来るのであったら、事は決して円く治まらぬではないかと思う。
(9月30日)
 私はまったく勘違いしていましたが、この地方税制改革案では、「家屋税が国に移管されたけれど、それは課税標準の評価と課率の決定を移したと云うだけで税収入全額は、地租も同様徴収地たる市町村に与えられる」ということだったのですね。
 また新たに書きたいと思いますが、原田泰さんが、ご著書『都市の魅力学』の中で、地方交付税について持論を展開されているのを知りました。これから1992年に書かれた論文「地方交付税が地方をダメにする―シャウプの理想がアダに」を読むつもりですが、原田さんの書かれたものをもとに、湛山や猪間の主張を検証していくというアイデアにいま夢中になっています。

posted by wada at 15:48 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いくつかの新しい情報4

 今回ご紹介するのは、A石橋湛山+猪間驥一の地方財政問題に関する情報で、1936年9月に発表された地方税制改革案を受けての『東洋経済新報』誌上における議論です。
1936年9月26日「財界概観」
 増税の影響は良好
 22日政府は中央地方を通ずる税制整理案を発表すると云うので我人ともに何んなものが出るかと待っていた。併し其の発表せられたものを見ると、ほんの大綱を示したにすぎず、之だけでは可否の判断の下しかめる点が甚だ多い。が大蔵省の計算では、此の税制の整理に依り国庫の増収する所は初年度(昭和12年度)約2億円、平年度約3億円の見込みであると云うから、若し此の数字に間違いがなければ、今度の増税なるものは、もとより少しも驚くほどの額ではない。(……)記者は曾って我が国の租税は、大ざっぱに云うて平均5割の増税をすることは寧ろ容易なりと論じたことがあるが、実際に当って立案する大蔵省では、さすがにそこまでの増税も出来なかったものと見える。尤も此の発表された大綱だけでは正確には判らぬが案に記された地方税の軽減と、右国庫の増税額との関係は何うなるか。(……)実際の増税は平年度に於て、もう2億円位い増すのかも知れぬ。けれども其の代りには地方税の大軽減があるのだから、国民全体としての負担増加は矢張3億円程度に止る勘定だ。増税を直接負担する者は一寸苦しいとしても、その結果が地方に於て3億円近い減税となって現れることは、それだけ地方の購買力を増し、間接に数倍の力となって増税負担者をも潤すことになろう。細い点は兎に角として、記者は此の地方税軽減に依って、今度の税制整理案は、全体として経済界に寧ろ好影響を及ぼすべきものと考える。
 問題の所得税改正
 今度の税制改革及び増税計画を立案するに当って、一番厄介だった問題は蓋し所得税の改正及び其の増税であったろう。併し発表せられた大綱に依るに、此の困難も一応頗る巧妙に切抜けた。即ち法人重課の新主張を容れて、第一種所得税を稍や大幅に増税し、大二種所得税は廃して、綜合課税主義を徹底せしめ、同時に国債利子に対する所得税免除の得点を撤去した。併し斯様の理論に従っての改正の結果、現実の経済界に急激な変動を避ける為めには、国債利子および従来源泉課税だった諸所得に対して一定の控除を認め、又『当分の内』国債、預金及び貯金の利子に就ては、納税者の申請に依り源泉徴収を認める等の便法を設けた。過渡的用意としては先ず至れり尽せりとも云い得よう。其の代り不徹底との非難はあろうが、併し実際の処置としては無難の所と評して善いであろう。
 立案は概して親切
 尤も右の所得税に関しては、元来、預貯金及び無記名証券の利子に綜合課税を行うことに、(理論は良いが)技術上の無理がある。発表せられた所では此の無理を何うして取除く計画か判らない。問題は此の辺に尚お相当残るであろう。(……)考え来れば疑問の点はまだまだ多い。併し全体として此の大綱で見る限り、今度の税制改革が、立案者の気持に於て頗る親切を極め、且つ常識に富んだものであることを指摘い得る。之は此の際経済界として最も喜んで善い点だ。同時に又立案者に対して敬意を表して良い点だ。

1936年10月3日「増税と購買力 税制改革は如何に経済界に影響するか」
 今回の税制整理案に就ては、前号の財界概観で不取敢一言して置いた。発表せられた限りに於ては、細目のまだ不明な点が多く、十分の批評はなし難い。併し其の大体の方針は、今日の場合先ず満足の意を表して善い案と考える。其の経済界に与える影響も良好であろう。
 今回の案に依って企図せられる増税額は、衆議院の議員等に其の後蔵相から説明した所に依ると、初年度4億2,000万円、平年度5億8,400万円と云うことだ。相当急激な増税である。況や此の外に関税も3,500万円程度を増徴し、(……)とすると其の合計は平年度に於て蓋し6億6,000万円程度に上ろう。(……)将に非常時大増税たること疑いない。
 併し右の増税は、同時に地方の減税を伴う。(……)
 のみならず此の税制改革に依り6億1,900万円の新負担をする者は、概して云えば、従来比較的余裕を有した都市の住民又は法人である。(……)
 右に反して2億8,900万円の負担を軽減せられる者は、主として地方の地主或は農民である。概して従来余裕無く、購買力の乏しかった人達だ。そこに兎に角三億近い減税が行われることは、取りも直さずそれだけの購買力が彼等に与えられることである。其の結果が彼等の生活を少なからず潤すことは必然だ。而して地方住民の生活が潤うことは、彼等を直接間接に顧客とする都市商工業を亦潤す所以なることも明かだ。(……)
 (中略)
 以上の如く観察するから、記者は今度の増税が経済界に治して無論不良の影響を及ぼす筈はなく、却って必ず良好の結果を生むであろうと確信する。況や一方公債発行に依る国費の支出も増加こそすれ、減少する事は絶対になきに於てをや。(……)
 本案が一層具体化されて、議会に提出せられるまでにはまだ相当の時間がある。官民協力心を虚しくして十分の研究を遂げん事を記者の切望して已まぬ所である。

 そして次の号で、特集が組まれています。
1936年10月10日「税制改革案の内容検討」
汐見三郎「近代的税制の確立」
猪間驥一「地方税制改革案の意味と影響」★
田川大吉郎「馬場氏案よりも大蔵省案」
井藤半弥「税制改革の目標を覆えす事実」
西野喜代作「税制改革の行過ぎを戒む」
高木壽一「負担の均衡を目標とする最後案」
勝田貞次「第二種第三種総合化を断行せよ」
河上丈太郎「免税点引下と下級官吏の生活」
栗栖赳夫「本邦人所有外貨債課税問題」
木村増太郎「増税案の内容と売上税」
飯田清三「有価証券移転税とその影響」
小平三郎「地方債、社債の不利を是正せよ」
高島佐一郎「赤字財政政策の裏付けとしての改革」
神戸正雄「税制改革案の妙味と欠陥」
中村継男「税制改革の社会的意義」
舞田壽三郎「新増税案と中小工業」
渡辺得男「麦酒増税徴は苛酷」
北田内蔵司「売上税の公平を希望す」
徳田昴平「取引所税の引上と其の影響」
岡田幸三郎「砂糖消費税引上に対する私見」

 このうち、★印の猪間の書いたものが、解説としても非常に分かりやすいものなので、次回、詳細に見たいと思います。

posted by wada at 14:53 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いくつかの新しい情報3

 このままだらだら書き続けて行くと、収拾がつかなくなりそうですので、以下、@石橋湛山+上田貞次郎の自由通商に関する情報と、A石橋湛山+猪間驥一の地方財政問題に関する情報だけまとめます。
 @は、1936年8月のヨセミテ太平洋会議後の情報ですが、9月に書かれた湛山の2編の評論(実際には同じ内容の英文の評論が1編加わって3編です)についてはすでに『猪間驥一評伝』等で述べていますので、ここでは触れません。
 ここで取り上げるのは、翌1937年初めに成立した日米綿布通商協定に関する湛山の評論で、ちなみにこの互恵協定は、上田のヨセミテ太平洋会議での論戦が実を結んだものとされています。
 最後に再度、世界開放主義の訴えをしていますが、私はこれら一連の動きを湛山の上田への援護射撃ととらえています。
 1936年8月15日‐8月29日、ヨセミテ太平洋会議
 1936年9月12日「如何にして国際平和を齎すべきか」
 1936年9月19日「世界開放主義を掲げて 懊悩せる列強を指導せよ」
 1937年1月30日「民間経済外交の成功―日米綿布協定成る―」
 1937年2月6日「財界概観」(日英関係好化予想/貿易の前途は好望)
 1937年2月13日「米国互恵通商政策の発展とその実績(一)」
 1937年2月20日「米国互恵通商政策の発展とその実績(完)」
 1937年3月6日「世界開放主義の提唱 政府は更に積極的に努力せよ」

民間経済外交の成功―日米綿布協定成る―
 米国綿業団が来朝して、わが国の当業者と懇談し、対米綿布輸出に就て交渉しつつあったが、遂に
 昭和12年及び13年の両年度を通じ2億5,500万ポンド(但し、昭和12年度の日本積出量は1億8,000万ポンドを超過する事を得ず)
と云うに決定したと伝えられる。
 紡績当業者に於ては恐らく不満があると想像される。何しろ、米国に対して最近は月2,000万ポンド位の商談が成立しつつある盛況で、既に本年上半期分は1億5‐6,000万ポンド出来て居る、従って、1年3億ポンドと云う位の協定ならば、業者は成功と感じたろうが、2年間で2億5,500万ポンドでは、満足しまいと察せられるのである。
 併し乍ら、記者は大局としてこの民間に於ける経済外交は成功と云うべきだと信ずる。
 若し、安価にして優良なる商品ならば、自由に世界に移動すると云う道理のある世の中ならば、自然的発展に任せて差支えない。けれ共、今日の国際通商は何時如何なる障害が惹起されるか判らぬ。斯様な物騒な世の中に在っては兎に角当分の間でも良いから、安心の出来る通商関係を作って置く必要がある。其の意味に於て、日米間に綿布輸出協定の成立したことを喜ぶものである。
 数量に於ては、当業者の中に聊か不満を感ずる日ともあるらしいが、政府が羊毛不買を実行せしめて尚且つ豪州との間にあの様な少い輸出数量しか取り得なかった失敗に比較すると、大阪に於ける民間綿業外交が談笑の裡にあれ丈を纏めあげたは記者から云えば、寧ろ大成功と評すべきだと思う。
 目先の利益ばかりを追うのは、却って無欲に似たる結果に陥るのを、記者はかねがね心配して居た。米国市場に就ては記者は遠大なる希望を持つものである。従って、変な国際経済関係の続く間は期間を短く切って徐々に増加させる方針、即ち今度の協定に賛意を表し、其の成功を祝福するものだ。

財界概観
日英関係好化予想
 最近日米綿布通商協定が成立して大分明るい色を添えたが、此の綿布協定も決してそれだけに止まるものではなく、日米間の一般的互恵協定の前駆として、それは特に注目するに値するものである。ところが尚お最近種々なる情報を綜合して判断するに、日英間の友好関係が、近く何等かの形で具体化すべきを、十分信ぜしめらるるものがある。
 貿易の前途は好望
 日米、日英関係が良くなれば、日支経済外交の如きにも一層望が嘱せらるることとなるし、貿易にも好影響があるに相違ない。海外諸国の景気情勢が益々良く、物価は世界的に騰貴の傾向を持って居る所へ、斯く外交関係の好転まで加わるとすれば、為替政策に非常なヘマでもやらぬ限り、本年の我が貿易は蓋し大いに楽観してよい。

米国互恵通商政策の発展とその実績(一)
 先頃来朝の米国綿業使節団は、我綿業団体との間に綿業協定を締結したが、その共同コムミュニケに於て日米両国が綿布互恵協定を締結すべきことを慫慂している。同使節団の性質から考え此互恵協定の提唱は恐らく米国政府の意を受けてなされたものと見て誤りはなかろう。蓋し米国は既に10数ヵ国との間に互恵通商協定を結んだが、更に先般渡米したランシマン商相との間に英米互恵協定の方針を議した事実があるからだ。

米国互恵通商政策の発展とその実績(完)
 ローズベルト政府が互恵関税法に基いて締結した最初の協定は、キューバ及ブラジルとの互恵協定である。当時米国政府が発表した如く、この二つの協定はこの種協定の先駆をなすもので多くの類似点を持っているが玖馬との協定が米国との特殊関係から特恵協定にして第3国の均霑を許さざるに反し、ブラジルとの協定が無条件最恵国待遇主義によったことである。爾来締結せられた互恵通商協定は凡てこの無条件最恵国待遇を原則としている。
 米国政府の互恵通商協定は世界15ヵ国と協定を結ぶに至ったが貿易関係に於て米国が有利な出超にある諸国に対し、殊に工業国に対しては互恵協定の締結は積極的でない。
 更にブロック経済を排撃し、通商上の衡平待遇を促進せんとするハル長官の提唱も、上述した如く、実質的には第3国が最恵国約款により関税引下げに均霑することを阻止して居るから2国間ののみの互恵協定でしかない。
 元来この互恵政策はロンドン経済会議に於ける多辺的関税協定の失敗に鑑み、個々の互恵的関税協定によってその国際協調政策を貫かんとしたものであるといわれる。勿論国際協調主義と互恵主義とは一概に範囲の広狭によってのみ差異づけられるものではなく、且つその互恵協定が、現在の如く互恵国以外に対する差別待遇を孕んでいる以上、その声明を額面通り受け取ることは困難であるが、互恵主義を発展せしむることは少くとも国際協調主義に近づかしむることである。従て若し今後幸にして忠実にこの互恵協定が世界各国と締結せられたならば、それはハル長官のいう如く、経済鎖国化の傾向を打破し通商自由の黎明に一歩を進めるものである。今後米国政府が何処まで国内産業部門の反対を押し切ってこの通商政策を進め得るか、その発展如何は世界貿易に於ける最重要な契機をなすものであると同時に、またこの互恵通商政策に対する米国政府の真意を窺い得られるものである。

世界開放主義の提唱 政府は更に積極的に努力せよ
 植民地及原料資源再分配の問題は漸く具体性を帯びて来た。現にドイツ政府と英国外務省との間には、これに関する折衝が行われているし、また国際連盟においては、さきに原料品委員会を設けて、その会議が本月中には開催される筈だ。
 伝うるところによると日本政府は、この問題については積極的な意図を有し、国際連盟の委員会においてもわが国の立場を強調せしむる筈だとのことだ。そしてそのために海外駐在の外交官をして、諸種の事情を報告せしめ、右を具体的に検討しつつありという。
 これは記者に取っては喜ばしい報道である。記者は昨年の秋、本誌並びに姉妹雑誌オリエンタル・エコノミストに於てこの事を提唱し、海外においても相当なる反響を見たのである。
 その外交技術の問題は別にしても、日本政府が本腰になって、この問題をとりあげたことに対して、記者は慶賀の意を表せざるをえない。その節も論じたように世界開放主義は、現在の世界の行詰りを打開するのに、最も根本的且つ有効なる方法だ。世界の閉鎖の結果苦しんで居るのは、単に所謂持たざる国だけではなく、持つ国自身も然るのである。
posted by wada at 07:48 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする