2014年06月13日

寄り道:鈴木武雄と地租委譲

 鈴木武雄が『石橋湛山全集』の月報(1971年9月)に「地租委譲論と石橋さん」というエッセーを書いています。このことを記憶してはいたのですが、コピーを見つけ出すのが億劫で、今日まで来てしまいました。ようやくその場所に思い当たったので、本来ここに挿入すべきものではありませんが、忘れないうちに載せておきます。
地租委譲論と石橋さん
――『石橋湛山全集』第五巻を読んで――
鈴木武雄
三 シャウプ勧告を先取りした地租委譲論
 地租移譲問題は、営業税の委譲を含めて両税委譲問題ともいわれ、大正末期から昭和初期にかけてのわが国における国と地方を通ずる財政・税制の改革問題であり、地方財政ひいて地方自治の問題であったが、またそれ故に当時の政友・憲政二大政党によってはげしく争われた大きな政治問題であった。政友会は地租委譲を主張し、憲政会は義務教育費全額国庫負担を主張して、おたがいに譲らなかった。地方に財源を与えるという点ではどちらも同じであるが、一方は地方税としての独立財源を地方に与え、他方は地方にたいする国からの支出を増額するという点で、財源付与の方法にちがいがある。しかしそれは、たんなる方法のちがいをあらわすものであって、すなわち地方自治(石橋さんの表現では地方分権)か中央集権か、そのどちらを選ぶかの基本的態度のちがいであったが、政党もその他多くの論者も、この問題がもっているそうした基本的な性格については必ずしも明確に認識していなかった。それを明快に浮彫りしてくれたのが石橋さんの諸論説であり、しかもそうした基本的認識の上に立って、石橋さんは地租委譲論を主張したのである。
 したがって、石橋さんの地租委譲論は政友会のちょうちんをもつためのものではなく、政友会の地租委譲政策もきびしく批判されているが、石橋さんの地租委譲論の注目すべき特色は、(1)地方に国庫補助金を与えて国が地方を支配するのではなく、地方に独立の税源を与えることこそ地方分権(地方自治)を伸張するゆえんであること、(2)地方自治のためには地方自治体の領域は狭いほうがよく、その意味において地租の委譲先は府県でなく市町村とすべきであること、(3)地租委譲による国の財源の減少は地方にたいする国庫補助金の整理・圧縮によって対処すべきであって、間接税等の新増税による穴埋めには絶対反対であること、(4)地租を地方の独立税とする以上は、課税標準たる賃貸価格の決定、税率の決定等は地方にまかせるべきこと、等を主張している点である。
 これは当時においては先駆的主張といってよく、その後二十余年を経た戦後において、石橋さんの理想はシャウプ税制勧告およびそれにもとづいた地方税財政の根本的改革によってようやく実現されるにいたったのである。
 念のため、サブタイトルから明らかのように(第五巻には大正末期から昭和初期にかけての論説が収められている)、ここでは主として、湛山の1920年代の地租委譲論が論じられています(もちろんその後の経緯も踏まえられていますが)。
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2014年06月11日

猪間驥一と地方財政問題5

 (つづき)
 教育費の国庫負担
 三宅 他方出す方をつめてやり度い。教育費なんか四億以上もあるんだから、これを国家が大部分負えばそりゃ地方は楽になる。
 西野 然しそいつは不可能だナ。
 大口 マア教育費なんかは学校教育の根本制度を変革する必要がありますがネ。一体あんまり割一過ぎる。あれは村の程度でいいんですヨ。村には鉄筋コンクリート的な立派な学校でなくてもいい。
 西野 教育費は国家が負担すべきか地方がやるべきかは兎も角として、財政的には、地方で負えば何うしても設備の悪い所が出来る。と言って全額を国家が負担は出来ないから、貧困な村だけしか国家で負ってやれない。
 大口 全部国家が負担するのは反対ですナ。国家教育の性質上……。
 小川 全額負担と言っても教員の俸給に対してだけでしょう。物件費と人件費と両方じゃないんでしょう。
 然し理論的には、富んだ村と貧しい村とは区別がない。財政的に困難だからという考えからなら、貧しい村だけじゃないんだから。また現に貧困だから、将来も困難だとは言えない。
 小学校教育費の国庫負担も地方財政交付金と連絡をとって、要求に適うように考え直さなくちゃならん。

 地方交付金制度の再吟味
 西野 地方に対する交付金制度の再吟味が必要ですネ。
 小川 交付金の必要があっても、長く続くと必要の限度が少なくなる。今日ではヨリ必要のあるものが出て来ているのに、貰っている者は既得権を主張して、放すことを欲しない。此の制度は根本的に再検討をして、整理する必要がありますヨ。
 西野 いま交付金が二億五千万円も出ているが、府県が国庫から貰って、これを町村にやっている。補助を受けている者が更に補助を他の者に与えている状態で、或る府県の場合なんか、制限課税の大部分を町村に与えている。また農村自体にも整理の余地があると思う。
 大口 私も再検討の余地があると思います。随分弊害もありますからネ。
 猪間 貧乏村たることを競争して吹(聴)しているんじゃありませんか。
 石橋 村長を決める標準が補助金の取り方なんだからネ。大臣が予算の分捕りをやるのと同じ様に……。
 小川 いわゆる腕なんですヨ。腕のある者がエラい。全体の財政に対する見解なんかよりも(之)に対する考が強い。予算分捕の止まぬ所以だが、世間がエラく見るから、何うしても其の気分で動く。一つ此の見方を変えんといかぬ。

 土地税の移譲は可能か
 三宅 土地に関する税を地方にやることは可能ですか。市部なんかでも、地上権なんかは放ってある様ですが……。
 小川 移譲ですか。難しいですネ。
 西野 貴方方が当局者になった時の考えを伺い度いですが地租は国税としても、其他借地権や何か土地に関する税は地方に認められませんか。今までの政策ではこれを認めない様ですが、許可するように出来ませんか。
 石橋 都市計画法なんかは土地増価税を認めているサ。
 小川 土地の増価税を課することは法律で認めているが之を施行する勅令がまだ出来てない。運用に於いては議論があるんですヨ。
 大口 特別税として一時許可になった例はありますヨ。
 石橋 受益者負担でなくですか。
 大口 二十年ばかり前の古い話ですがネ。特別税条例というのです。
 石橋 地租移譲を思い切ってしたらどうです。都市も困っているんですから……。
 猪間 問題でしょうネ。東京なんかは、市の財政は困っていますが、住民はそれほど困っていない。だから地方財政の救済には、財政の方をみるか、住民の方を注意するか、余程問題ですね。

 東京の課税負担は軽い
 西野 東京は負担能力はあるけれども、課税能力がない。課税能力を与えるのはいけないかネ。
 小川 現行法ではまだとれる。他所よりも能力がある。尤も他所の方が無理にとっているかもしれないが……。
 西野 東京府は制限課税をしていませんネ。
 小川 制限外課税をしないのが普通なら、他所がヒドイということだネ。
 大口 営業に関する付加税は仲々多いでしょう。
 石橋 東京市も制限外課税をやらないかネ。
 制限外課税は客体の動かぬものならいいが、地方なんかだと、例えば所得税にしても客体が移動するから仲々やれない。みんな安い所、負担の軽い所へ移って行って了う。

 新税源としての売買税
 山田 何か新しい税源となる様なものはありませんか。
 大口 私は此の頃売買税というのを盛んに実際家に鼓吹しているんですがネ。
 山田 物を買う場合に取るというのですか。
 大口 エエ、それですが、少さくとっても全部では随分大きな税源になると思います。
 石橋 大蔵省でもそれは大分研究している筈ですヨ。
 もともと欧州大戦の時、各国が戦時特別税として課したもんですが、今までもやってるところがありますヨ。
 大口 実際家は余り言わん様ですが、一つ之を実現したらいいと思いますネ。
 高橋蔵相の放棄で葬り去られたかに見えた地租移譲論を「思い切ってしたらどうです」と持ち出すところが非常に湛山らしく思えますし、終わったものは終わったものとして、次の課題へと気持ちを切り替えるところが、私にはとても猪間らしく思えます。こういう会話を気軽に交わせるのがいいですね。
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猪間驥一と地方財政問題4

 この座談会の記録を偶然見つけて、私は小躍りしました。まさにこの時期、猪間驥一や石橋湛山の考えていたことがわかると、推論で書くことを覚悟していたものが、猪間驥一や石橋湛山のことばとして書けるものとなるからです。
 この記事は『石橋湛山全集』には収録されておらず、意外に知られていないのではないかと思い、ここに2回に分けて掲載することにしました。
『東洋経済新報』1935年7月27日号
「今週の経済界」
昭和10年7月20日 於東京・本社
「地方財政の改善策」「新税源としての売買税」
座談会出席者(順序不同)
政友会代議士     大口喜六
民政党代議士     小川郷太郎
東京市政調査会研究員 猪間驥一
時事新報論説委員   西野喜与作
東洋経済新報記者   山田秀雄
同          三宅晴暉
同主幹        石橋湛山

 閑却された地方財政
 猪間 雑誌とか論壇では最近殆んど地方財政を問題にしませんが、何という訳でしょうかネ。
 三宅 受けない所為(せい)だネ。
 大口 問題が小さい様に思っているんでしょうナ。
 小川 面倒なんですヨ。判らない、難しいのでしょう。
 猪間 東京人などは国家財政のことは注意するけれども市とか地方とか、つまり部分のことにはサッパリ関心を持っていないようですネ。
 三宅 一つは忘れちまうんだ。みんな田舎から出て来た連中なんだが……。
 石橋 田舎でも地方税を問題にしますか、地方税全体のことを……。
 大口 全体のことは考えないでしょう。唯だ個別的に家屋税とか、戸数割とかいうのは問題にしますネ。何しろ国税よりも負担が重いから……。
 石橋 財政問題としてまとまった考え方はしない訳だナ
 西野 地方では国税が少なくて、大部分が地方税だ。所得税なんか殆んどない位でネ。
 大口 左様、地租以外に国税はまずないと言ってもいいかもしれません。
 三宅 村役場なんかも、補助金を貰うとばかり考えてるんで、全体としての地方財政問題なんか誰も研究しない。

 市町村の収入源
 三宅 一体市は無論だが、町村も府県も税外収入の方が税収入より多いんだネ。
 西野 東京市は無論多い。
 石橋 電車収入なんかを入れるからだろう。
 猪間 いや電車を除いても多い様ですヨ。
 西野 東京は全収入の半分以上は税外収入だネ。
 石橋 公債も入れれば多くなるかもしれん。
 猪間 東京市の財政の建前は使用料や手数料を根本として、税はその外と云うことにしていますから、何うしても税収入の方が少ないですネ。
 小川 農村には夫(それ)がない。土地課税が主で手数料や使用料がサッパリありませんナ。
 大口 町村の税外収入は殆んど補助金ですね。

 農村財政の改善策
 石橋 そこで地方財政をどうすればいいかネ。まあ問題を農村に限れば……。
 大口 マア一々細かく考えなければイケンでしょうが、概括的に云うと、市町村財政はまず財源を考えにゃいけませんナ。
 石橋 其の方針は?
 大口 第一に確実な財源を得ることが必要です。それから市町村は随分沢山の国家事務を代行していますが、これを整理するか、或は交付金を相当に与えるかしなければいけません。要するに農民を富ませる以外に救う途はないと思います、大体論ですがネ……。
 西野 根本は矢張り大口サンの言われる様に、農村の経済力を伸展させて、確実な財源を作らなけりゃ駄目でしょうが、と同時に、も一つ僕は、自治の精神を確立しなけりゃイカンと思うナ。更に之は財政技術の問題だが、富んだ村と貧しい村とを区別して、富んだ村には税源となる様なものを与え、貧しい村には補助を与えることが必要だと思うネ。
 石橋 サア、その財源とは何ぞやだがネ、それが無ければ困る。何かないかネ。
 小川 農村では土地です。農業は土地の土台の上に立つ仕事なんだから、土地が最も租税の基礎になる。
 大口 だから私等、年来地租移譲論を唱えているのですが、貧弱な農村は此の外に救う方法がありません。東京や大阪だって宅地租は多いんですヨ。それが(か)、国家事務費や教育費に交付金を与えることですネ。
 (つづく)
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猪間驥一と地方財政問題3

 猪間驥一の地方財政問題研究の流れを、5つの時期に分け、石橋湛山の主張をふまえてまとめるつもりです。5つの時期とはいっても、中心になるのは、猪間が研究をスタートさせたV、W、Xの時期です。
 猪間の7つの論文の他に、石橋湛山がこの時期、地租委譲(移譲)について論じた「財政整理私案」、『都市問題』に寄せた唯一の論文「歳入増加策と地租移譲」、東洋経済新報社が主催した座談会を取上げようと思っています。
 政友会のいわゆる爆弾動議がもたらした影響を考える上で、『石橋湛山全集』第9巻第3部の「高橋財政に対する批判と提言」に収録された13論文が重要な意味をもつと思われますが(つまり巨額の軍事費をどう考えるかという点で)、これについては煩雑になるので別枠で(「寄り道:時局匡救事業」の続きとして)論じたいと思います。

T.内務事務官による地方財政調整交付金制度案
1932年5月 永安百治「戸数割代税の現状」(全国都市問題会議編『第3回全国都市問題会議総会1研究報告』)
1932年6月 汐見三郎「六大都市市民の租税負担」(『都市問題』)
1932年7月 『都市問題』特集「市町村民の負担並市町村の税制問題」(永安百治「戸数割代税の現状と其改正」/神戸正雄「市町村税制の改正に就て」)
1932年8月 汐見三郎「所得級別及職業別に依る負担関係」(『都市問題』)
1933年3月 三好重夫『地方財政改革論』(永安百治「付録 地方財政調整交付金制度」)
1933年4月 永安百治『地方財政調整論』
●満州事変中も地方財政問題に取り組んでいた内務省事務官のグループがあったこと、これを東京市政調査会がバックアップしていたこと。

U.石橋湛山の地租委譲論
1933年6月5日 湛山は、三浦鉄太郎らとともに高橋蔵相を訪ね、会談する。
1933年6月22日 高橋蔵相に提出すべき財政意見書を起草する。
1933年8月8日 石橋湛山「財政整理私案」(26項目に及ぶ提言):「本篇は或人の勧めに依り、昭和八年春高橋蔵相に会見し陳述したる要領を、後に至って認(したた)め少数の人々の閲覧に供したものである」⇒『我国最近の経済と財政』(1934年8月31日、平凡社)所収
1934年3月 『都市問題』特集「東京市新増税計画批判」(永安百治「不当なる特別所得税」/小汀利得「税そのものに対しては反対理由は薄弱」)
●内務省案に対する湛山の地租委譲論は、高橋是清によって実施の確約を得ていたことも考えられる。

V.政友会の爆弾動議と地租委譲の終焉
1934年12月5日 政友会の爆弾動議
1935年2月 高橋是清蔵相、貴族院の予算総会に於て、内田重成氏の地租営業収益税の委譲に関する質問に対して「現在は事情が変化した、現在に於て地租委譲などはこれを簡単に行うことは出来ない」と答弁する。
1935年4月 『都市問題』特集「昭和十年度東京市予算案の検討」(石橋湛山「歳入増加策と地租移譲」:「聞く所に依ると、近頃は政友会にも、此の案に対して熱意なく、又自ら此の案の発案者だと誇称せられる高橋蔵相も此の頃は寧ろ地租移譲に反対だとか云うことですが、真実ならば遺憾の極みです」)
1935年5月 猪間驥一「第六十七議会に於ける都市及地方問題」(『都市問題』):「この案の創唱者であり永らくの固持者であった老蔵相の改論は、地方財政改革案としての地租営業収益税委譲の終焉を意味し、それが地方財政調整交付金に地位を譲る一道標とも考えられるのである」
●政友会の爆弾動議によって地方財政改革の流れが変わる。これより猪間の地方財政問題研究がスタートする。

W.東洋経済新報社と東京市政調査会の取り組み
1935年7月20日 東洋経済新報社座談会「地方財政の改善策」「新税源としての売買税」(出席者:大口嘉六、小川郷太郎、猪間驥一、西野喜与作、石橋湛山ら)⇒『東洋経済新報』1935年7月27日号「今週の経済界」所収
1935年8月 『都市問題』特集「地方財政改善策特輯」(岡野昇「地方財政改善策特輯号発刊に就て」/上田貞次郎「人口の移動と地方教育費問題」/猪間驥一「歴代内閣の地方財政対策」/三宅リ暉「景気政策も疑問である」/岡野文之助「我国地方財政の現状」/弓家七郎「最近アメリカの地方財政政策」/小田忠夫「最近に於ける独逸地方財政対策」等41論文掲載)
●この座談会における発言から、猪間や湛山がこの時期、何を考えていたかがわかる(全文を掲載する予定)。

X.地方財政調整交付金制度案の採択
1935年10月 地方財政調整交付金制度案が採択される(1936年度実施予定)。
1935年11月 猪間驥一「地方財政調整交付金制度の生誕」(『都市問題』)
1936年2月 猪間驥一「臨時町村財政補給金案の配分標準に関する疑問」(『都市問題』)
1936年2月 二・二六事件
1936年4月 猪間驥一「臨時町村財政補給金案の配分標準に関する疑問(続)」(『都市問題』)
1936年9月 『都市問題』特集「家屋税の中央移管問題を中心として」(永安百治「地方財政調整制度の本旨」)
1936年10月3日 石橋湛山「増税と購買力―税制改革はいかに経済界に影響するかー」 
1936年10月10日 『東洋経済新報』特集「税制改革案の内容検討」(汐見三郎「近代的税制の確立」/猪間驥一「地方税制改革案の意味と影響」/神戸正雄「税制改革の妙味と欠陥」他)

1936年11月 『都市問題』特集「地方財税制改革案の検討」(猪間驥一「地方財税制改革案要綱の数字的検討」)
●追記:太字部分は7/21書き加えたものです。またコメントを一行削除しています。その経緯については後に本文中で説明します。
posted by wada at 17:11 | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする