というわけで、今回は、湛山が人口問題について触れた「八千万人生きる道」(1951年7月)という『東洋経済新報』インタビュー記事からの引用です。
石橋 日本には人口が多い、ある意味では多すぎるということは確かにいえることです。この場合、日本が活路を求める方法としては二つあると思う。ただ、ソ連を中心とする共産国家群と、英米を中心とする自由国家群の対立が激化するという世界情勢の中では当面、自由貿易は期待薄で、自給自足でいかなければならないというのが1951年当時の状況だったようです。このような状況のもとで、人口は制限すべきなのか。
一つは、かねて東洋経済新報が主張してきたように、もし貿易が自由であるなら、人口の多い日本でも容易にやってゆけるという考え方です。これは、終戦直後にも、僕が採った立場です。
領土がせまくなるということはそこから生産される物が減るということだが、しかし、これは何も悲観するには当らない。というのは、当時の世界は国際連合に多大の希望がよせられていたからです。これは、例の大西洋憲章にも語っているように、原料資源の確保や製品の販路について、全世界が自由を獲得するということを前提としていたのです。
もしこれが実現するのなら、日本が多くの人口を抱えていることで苦労することは少しもない。現在でも同様です。もし、完全な自由貿易にならないまでも、大幅な自由貿易が行われるのなら、日本は何ら心配することはない。
石橋 人口制限などということは無益なことで、英国やフランスのように、放って置いても人口の減るとという時がある。今度は殖やさなければならないといって努力しなければならない時があるのだね。むやみに「生めよ、殖やせよ」で、質のよくない人を殖やすことは好ましくないが、そこは社会政策で、質のいい人が殖えるという政策をとるべきだと思います。今のように、当面人口が多過ぎるというので、それをむやみに調整しようとしても、今いる人口は制限できない。これから生れる者を規整するとして、その影響がいつ来るかということを考えなければならない。今日生れる者を調整しようというのではその後に生れる者が迷惑だ(笑)産婆がこぞって産児制限を広めようとしていた折、この発言は興味深いものがあります。
人口問題はなかなかデリケートで、そう簡単ではない。
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